February 19, 2007

書評「オシムが語る」

昨年後半から今年にかけて、オシム監督関連の出版ブームが凄かったですね。本屋に行けばオシム本だけで一つの棚ができるほど。おそらくはドイツワールドカップの失望から、もう一つはオシム監督が「言葉」を縦横に操る監督であるために、文章で描きやすかったという理由もあるでしょうね。しかし、数多いだけに玉石混淆、オシム監督の名前を出しただけの「いかがなものか」な本もあるように思います。その中では、本書は「オシムの言葉」「イビチャ・オシムの真実」と並ぶ、良書と言うことができるでしょう。

「オシムの言葉」は今では定番、過不足なくオシム監督を描き出している名著ですが、先に紹介した「イビチャ・オシムの真実」はより深く、オシム監督のルーツに迫ることができる本でした。そして本書は、「サッカー以外」についてもオシム監督が言葉豊かに語っているという点で、それらと違い、また新しいオシム像を描き出す興味深い一冊となっています。

「パスタなんか料理じゃない」「インターネット嫌いの理由」といった柔らかい(?)ところから、サッカーと資本主義、スポーツ・ジャーナリズム、サッカーとナショナリズムに関する深い議論、そして「国境は宗教よりも危険なものだ」「私が実践しているのはアナーキズムだ」「実を言えば、私は無心論者だ」などといった、ある意味センセーショナルな発言、さらにはクリントン、チェ・ゲバラ、チトー、ゴルバチョフ、ベルルスコーニ、マンデラ等の政治家に対する率直な批判、あるいはイスラム教や、9・11テロに関する、大胆な意見の表明などなど・・・。

これほどまでに多岐にわたる内容について、サッカーの監督が深く語っているインタビューを私は見たことがありません。それも、やはりあの戦争を経験したオシムだからこそ語れる、深い透徹した目線で。環境の違い、年代の違い、国の違いもあり、私個人とは意見が違うことも多いのですが、でありながら、いやだからこそ実に興味深い、考えさせられる内容です。

例えば、本書には全体として、前回書いた「人生に存在する<二つの側面>について理解して欲しい」という態度が貫かれています。オシムの立場からすると一方に肩入れしてもおかしくない、ミハイロビッチの問題にも、その逆の側面であるシュティマッツの例をあげています。巻末の木村さんのインタビューでも触れられていますが、ここまで人生の両面をしっかり見ようという態度には、私は感銘を受けました。

それにしてもオシム監督は今の日本社会について、どう見ているのでしょうか。サッカーだけではない、彼のそういう考えを、もっと読みたいという気にさせる、そういう本でした。

オシムファンで、もっとオシム監督の考え、話をいろいろ聞いてみたいという方にお薦めです。

それではまた。

11:57 PM [書籍・雑誌] | 固定リンク | コメント | トラックバック(0)|

December 20, 2006

書評 「敗因と」

年の瀬も押し詰まり、ワールドカップイヤー2006年も終わりが近づいているが、あの6月の惨敗の整理がついた人はどのくらいいるだろうか?

誰もがその「敗因」について考え、語り、しかしその本当のところは、チームの内部を覗くことができない我々にはうかがい知ることができないままだ。待ち望まれたJFAドイツW杯テクニカルレポートの日本代表分析も、おそろしく消化不良なものだった。そんな中、この年末にそろそろあの「敗因」について振り返ろうという向きには、本書は格好のテキストとなりうるだろう。

金子達仁、戸塚啓、木崎伸也の三名が、50人以上の関係者に取材、2006年ドイツワールドカップでの日本の「敗因」を描き出そうとする。タイトルが「敗因と 」となっているのは、その後の「 」の部分は読者が各自で考えよ、ということか。

さすがに多くの関係者、識者の話を聞いただけあって、読み応えはある。私は「最近、金子達仁氏の書くものが以前よりもずいぶんまっとうになってきているのではないか」という感を受けていたのだが、「それはこのように取材をし、サッカーの『現場』に近い空気に触れ続けていたからではないか」と本書を読んで思ったくらいだ。

取材対象は実に多岐におよんでいる。ジーコ、ヒディンク、日本代表の選手、鈴木國弘通訳、オーストラリア代表の選手、ブランキーニ(中田の代理人)、レオナルド、リティ、クロアチア代表選手、ゲルシャコビッチ(元ロシア代表コーチ)、ドイツ人記者、ボンの日本食レストランの主人、ブラジル代表の選手、小島伸幸、城、小倉、前園らアトランタ組の選手・・・。これだけの話を聞いているのだから、重要な証言も含まれている。実際読んでいて「おっ」とか「やはり」と思わされる発言も少なくなかった。どの部分が「おっ」なのかはネタバレになるので伏せておこう。

三人はそれらの取材から、「ドイツでの日本代表の内部がどうなっていたのか」を解き明かそうとしていくのだが、案の定その一部はNumber誌お得意のセンセーショナルな「内幕モノ」になっている。特に「ある選手は・・・と語る」が多用される第3章や第6章はその傾向が強い。もちろん選手がお互いや監督を批判しているような言葉を、発言者名を特定して書くのははばかられるのだろう。だがそれにしても、もっと冷静な、あまり脚色しない書き方もあったのではないか、と思わされるところもある。ぽん、と事実だけをそこに放り出しておいても、十分だろう、この内容なら。

それ以外の部分では、多方面へ取材した成果が出て、2006年ワールドカップでの日本代表を描いたものとしては、一定の評価を与えられるものになっていると思う。また、一つの見方に対して反対の意見を持つものの言葉も取り上げているのは、ある程度の公平さを感じさせる。全体として美文調が過ぎるところは好みが分かれるだろうが(私は一部に辟易とした)、それが故に最後まで一気に読ませるとも言える。ヒディンク監督の談話の中身などは、サッカーの話としても非常に明快で、一読しておく価値は十分にあるだろう。

中で触れられる「敗因」はもちろん一つではない。コンディションの問題。戦術面の問題。戦術を選手が討議して、結論が出なかったという問題。モチベーション・コントロール。采配。23人の人選を含む、チーム・マネジメント。選手の技術。ゲーム運びの未成熟さ。暑さの中で2試合したこと。チームがひとつになっていなかったこと。「戦う姿勢」がなかったこと・・・。どの「敗因」が最も重大なのか、金子氏も言うとおり、それは読む側それぞれによって違ってかまわないことだ。本書はそれに対して、回答ではなく、考える材料を与えていると受け止めるのが正しいのかもしれない。

最後の章では、金子達仁氏の考える「 」の部分が語られている。それはある一つの問いに答える形で説き起こされる。そこで示される金子氏の解答は、間違ってはいないと思うが、私はもっと掘り下げることが出来ると感じる。金子氏の問題提起は、「私たちが2002年のアイルランドチームと、アイルランドサポの姿にあれほど心打たれたのはなぜか」「そして今回、そのような戦いぶりを日本チームが示すことができず、また私たちもアイルランドサポのようになれなかったのはなぜか」という問いと同質だ。それは、これからの日本が、サッカー界だけではない日本全体が、問い続けていかなくてはならない問題なのだと思う。その点に関する私の考えはまたいずれ(笑)。

一言でいうと: そろそろドイツでの日本の敗因を考えたいと思う方には、それなりにお薦めできる。

今回から、気になる本の書評などを始めてみることにしました。書きなれていないのでつたないと思いますが、それぞれの本の魅力なり、読後感などが伝わるといいのですが・・・。

それではまた。

01:44 PM [書籍・雑誌] | 固定リンク | コメント | トラックバック(2)|