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August 06, 2008

北京で何が試されるのか

北京五輪の男子サッカー、日本代表は8月7日に初戦を迎える。この大会は日本の五輪代表にとって、初めての「自然体で迎える五輪」になると、私は思う。日本は非常に強い対戦相手がそろった、とんでもなく厳しいグループに属しており、グループリーグ突破は至難を極める。しかしその結果はどうあれ、この大会での日本代表の戦いぶりが、今後の日本サッカー界の五輪に臨む姿勢の指針となるのだ。言い換えれば、ここでの結果は「今の日本サッカー界の実力」でもあるということだ。五輪直前ではあるが、今回はその周辺を見ておきたい。


過剰な煽り、囃したてとの決別

SoccerCastでも話したのだが、前回のアテネ五輪は異常なほどのメディアの煽りの中で迎えることとなった。背景としてはおそらく、その前のシドニー世代が、シドニーに向けた予選や本大会での戦いで人気を博し、日本サッカーの中の大スターとなっていったことがあるだろう。「あのマーケティングをもう一度」と、メディアや広告代理店などが思ったことはほぼ間違いない。TV番組や新聞、雑誌の紙面はもちろん、サッカーアテネ五輪代表だけのDVDつきムックなどが発行されるほどに、各メディアがこぞって煽ろうとしていた大会だった。

今から思えば、アテネ五輪のパラグアイ、イタリア、ガーナという対戦相手はこれも非常に強く、グループリーグ突破だけでも、相当に難しい状態だったはずだ。しかし、当時のメディアは何の根拠もなく「シドニーでベスト8だったのだから、次はベスト4、メダルも狙える!」などと煽り立てていた。川淵キャプテン(当時)でさえ、「山本はおもしろい采配をする。トルシェでなくて山本だったら優勝したかも」などと日本の実力を見誤った発言をしていたくらいである。ドイツW杯直前と同じで、まったく無根拠に煽り立てるだけの狂躁状態だった。それは山本監督にも、そして巡り巡って選手にも、影響を与えてしまっていたと私は思う。

今回は、そのドイツ大会での失望もあり、またこう書いてはなんだが予選からの反町日本の人気のなさもあり、そういった過剰な煽りは見当たらない(もちろん、中国、北京という政情不安な地域での大会ということで、五輪そのものに対する関心がやや低下気味ということもあるだろう)。日本人は昔から五輪が大好きであり、世界的にはW杯に比べそれほど重きを置かれない五輪サッカーの試合に非常に熱狂していたのだが(トルシェもオシムも驚いていた)、ついに世界の一般レベルと同様になった、ということだろうか。

そういう意味で今回は、選手も監督も、そしてメディアも、自らを「過信」しない大会となりえるのではないか。アトランタで久々の出場を果たし、シドニーで爆発的に盛り上がり、しかしアテネで煽りすぎの反動としての深い失望を味わった日本。これは実は、フル代表の半歩先を行く状態と言える。ドイツW杯後の失望、フル代表人気の低下の先にある、「過信せず、自然体でW杯に臨もうとする日本」のモデルケース。今回の大会はそのようなものとして、一つの意義を持ちつつあると考えられないだろうか。


日本サッカー界の「総意」

関連することだが、今回の反町五輪代表は、アテネに向けた山本五輪代表に比べ、かなり不遇なチームだったということを忘れてはならないと思う。アテネ五輪代表の時代は、それ以前の日本の、五輪を非常に重視する文化もまだ色濃く残り、強化スケジュールも潤沢に用意された時代だった。2次予選と最終予選の間が空いたこともあるが、その時期にエジプト遠征をしたり、カタールへ遠征して強化試合をしたりしている。対して反町日本は、ほとんどの親善試合が近場のもので、韓国や中国とホーム&アウェーで試合という程度であり、五輪出場を決めた後にようやく米国合宿が与えられるという状況だった。

これは、協会にとって、また日本サッカー界全体にとって、「五輪」というものの価値が総体的に下がったことによるものだろう。もちろん、予選の形式が変わったことや、ACLなどによってJリーグ全体のスケジュールがつまったこと、そしてJクラブの隆盛により、五輪の活動にクラブが快く選手を送り出すという環境ではなくなっていることもその原因ではある。しかし、それらと平行して、あるいはいくつかの要因の根底には、「日本サッカーの中での五輪の地位低下」があることは間違いないと思う。

その例としては、五輪代表のチーム作りにはまたとない機会となるアジア大会(2006年ドーハ)に反町U-23代表が、各クラブ二人までという自主(?)規制をしたとしか思えないメンバーで臨んだことも上げられるだろう。また同様の事例として、オーバーエージに選ばれた大久保の招集を、神戸が拒否したという問題も記憶に新しい。いずれも、かつての五輪代表に比べると、「冷遇」され「地位低下」していることが如実にわかるサンプルだ。

五輪そのものの地位低下もそうなのだが、同時にやはり日本サッカー界の中でJリーグの各クラブが確実に存在感を増し、それぞれのクラブのサポーターも、クラブ関係者も、もはや五輪>クラブとはまったく考えなくなっているという状況が、2006年以降かなりはっきりとしてきたこともある。かつては五輪は、若手が経験を積み一回り大きくなることや、全国区でのスターとなることで各クラブへ(招集による不在という不利益を上回る)メリットを与えると考えられてきたのだが、もはやその価値を認めるクラブ関係者が非常に減少しているということだ。

協会が五輪の価値を軽視し強化スケジュールを縮減し、各クラブが選手の招集に対して苦い顔をする/あるいは拒否する。これが今の日本サッカー界における、五輪代表の扱いなのである。大会直前に不景気な話はしたくは無いのだが(笑)、それが現実であるということは、はっきりしている。しかし、私はそれを悪いことばかりとは思わない。どんな国も、畢竟その国のサッカー界の持つ「総合力」で大会を戦わなくてはならないのだ。サッカー界全体が、「クラブ>五輪」という判断を下したのなら、それに基づいて五輪に臨むのは当然のことだろう。

問題は、そういうことに関するオープンな、しっかりした議論が無いままにここまで来てしまったことだ。日本サッカー界全体のコンセンサスとして、どこまで五輪を重視するのか。あるいはしないのか。それをしっかりとオープンに話し合い、合意をしていれば、このような問題は起こらなかっただろう。そういう意味で、大久保招集に関する騒ぎによって、その「問題の存在」が明らかになったことを、私は歓迎したい。今北京で戦おうとしているのは、選手だけでも、監督だけでもない。私たち、「日本サッカー界の総意」なのだ。そのことは、ここでもう一度確認しておきたいと思う。


日本人監督であるということ

私はこれまで、予選などでの反町五輪代表の戦いぶりについて、、上記のような「強化スケジュールの縮減」や、「協会、クラブの協力の少なさ」などを理由に、「例え五輪代表がイマイチなサッカーをしても、反町監督だけを責めるのは当たらない」と、いわば「消極的な擁護」をしてきた(主に掲示板の方で)。が、それは同時に「日本人監督の限界」でもあるだろうと思う。

外国人監督と日本人監督では、その能力にももちろん差はあるだろうが、もっとも大きな違いはそうした「日本サッカー界全体」に対して異議を唱えられるか否か、という点ではないだろうか。今となってはもう懐かしいが(笑)、トルシェ監督はそうしたことに噛み付くのが自分の仕事だと心得ていたようだし、オシム監督も、喧嘩腰には言わなかったものの、協会の設定するスケジュールに対して「13人しか選手発表をしない」などの手法で異議を唱えて見せた。

反町監督の時期に、もしもこうした「強化スケジュールやクラブとの折衝も監督の仕事」と考えるような、自分の仕事に対してある意味「生真面目」な外国人監督が就任していたら、どうなっていただろうか。あくまでも仮定だが、ドーハアジア大会には、自分の考える理想のチームを連れて行くように要求してシーズン終盤のJリーグに大騒ぎを引き起こし、アジアとの連戦が続く強化スケジュールに不満を漏らし強豪との対戦を強硬に要求し、オーバーエージに関しては「3次予選の苦戦の最中の」フル代表から誰々が欲しいと主張してクラブと折衝をはじめ、予選最中の代表級選手のメンタルに有形無形の影響を与えただろう。

それが無かったのは、反町監督が日本人だから、「日本サッカー界」の中でこれまでも生きて来、これからも生きて行かなければならない存在だから、という側面がかなり大きいと私は思う。もし「日本サッカー界の事情」に無頓着な、あるいはそれを打ち破ることこそ五輪代表チームにとっての利益である、と考える外国人監督が五輪代表を率いていれば、アジア大会を通してチームの完成はもっと早くなり、強豪との親善試合はもっと早く組め、世界基準へのシフトはもっと早く始められ、オーバーエージも3人しっかりと決めて連れて行けたかもしれない。しかし、それが正しかったのかどうか?

そういう監督の方が、今回の五輪に臨むにあたり、より結果を期待しやすいチームを作れた可能性が高い、ということに私は同意する。しかし同時に、そのような監督が要求する五輪への注力を、今の日本サッカー界が受け入れ得たかどうか、という問題も提起したい。それは無理だ、と多くの人が思うのではないだろうか?それが無理であり、反町さんのやってきたことが、日本サッカー界のさまざまな考え方の集積、総意の下にある、と考えると、それは「日本人監督の限界」でもあるのだが、「日本サッカー界が、五輪に臨む自然な姿」とも言わなくてはならないのではないか。

ただ一つ、反町さんで残念だったのは、上記の仮想される外国人監督ならば、今回私が書いたようなスケジュールの縮減や、クラブからの要請、折衝の過程、あるいは協会からの圧力、フル代表への気づかい(あるいはその要請)などについて、かなりはっきりと可視化したのではないか、ということだ。先にも書いたように、そのようなことが白日の下に示され、それによって日本サッカー界全体がオープンに議論し、五輪の重要度のコンセンサスを探っていく、ということが、本当は必要だったし、今後はより必要になるだろうと私は思うのである。


ニッポン!

メディアの過剰な煽りが無く、選手も監督も、そしてファンも自然体で臨めるこの五輪。そこで試されるのは、協会はもちろん、クラブやサポのあり方も含めた、日本サッカー界全体の実力である。そして、トゥーロンから新しく成長し続けている現反町五輪代表は、その名に恥じない、いい意味で日本らしいサッカーを見せることができるように思う。それをすべてぶつけて、最後まで走り続け、ハードワークし、「魂」を感じさせてくれること。結果のいかんに関わらず私たちが誇らしいと思えるような、そんな戦いをすること。私はそれを願ってやまない。

ニッポンよ、ニッポン!私たちはここにいて、魂を送っている。

それではまた。

05:09 PM [北京五輪代表] | 固定リンク | トラックバック (1) |