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February 12, 2008

「現実」から「理想」へ

2月6日、南アフリカワールドカップに向けたアジア3次予選の初戦、vsタイ戦(ホーム)が行われ、日本は4-1でみごとに勝利した。予選においては、結果を出すこと、勝ち点を獲得することが最も重要であり、チーム作りの時間が無い中での3点差での勝利は文句なし、100点満点と言えるだろう。

これまで私は、オシム前監督が倒れられた後の、協会の新監督選考経緯、その考え方に対して批判してきた。しかし、就任した以上、これからは岡田監督に対しては、その方針や試合内容、結果などに関して、是々非々で臨んで行きたいと思う。選考経緯に関しては問題が非常に大きいと思えるのだが、岡田監督自身はその責を負う立場にはないからだ。

さて、これまで何度も経験してきたように、「大きな大会の初戦」や、「長い予選の初戦」は非常に難しいものだ。また、2月は選手たちにとってはオフ明けであり、この時期の試合は体力的に難しいものとなる。さらには、就任後わずかな期間でチームを作らなくてはならないという悪条件。それらを跳ね返しての勝利は、大きな価値があるだろう。選手、監督、関係者の皆さんには、本当にお疲れ様と言いたいところだ。

しかし、岡田監督自身が会見でも言うように、内容面では万々歳と言えるものではなかった。発足して間もないチームでもあり、そこまで求めるのは酷なのはもちろんだが、今後のためにも、試合内容を振り返っておこう。


非常に「現実的」な勝利

日本の獲得した4点のうち3点がセットプレー、1点目はタイGKの壁の作り方が稚拙だったところを突いてFKが直接ゴール、3点目は身長の高くないタイDFの上から中澤、4点目は点差がついてタイの集中が切れたところを、おそらくは練習どおりに大外から巻、という形。敵が守備を固めてくる時には、セットプレーからの得点が有効なのはセオリーだ。大会前の非公開練習でみっちりと練習したセットプレーで、身長差も利して得点できたのは大きかった。

これは、リアリストたる岡田監督の面目躍如たるところだろう。発足して間もなく、作り直しつつある連携もこなれていなく、コンディション面でも完全ではなく、初戦の緊張もある。そういう中で敵に引かれ、得点できないままにずるずると行くと、何が起こるかわからない。確率の高いセットプレーを入念に磨いておくのは現実的であり、理にかなったことだ。

発足して間もないからこそ、自分の理念を浸透させようとする監督もいると思う。岡田監督はそういう時間を多少減らしてでも、セットプレーの練習に時間をかけたのだろう。これは岡田監督らしい、リアリスティックな勝利であり、素晴らしいことと思う。今後はここを出発点に、「理想」へ向けていけばよいのだ。


オーソドックスなタイ

Thaiタイは、タクシン元首相のつてもあり、イングランドのマンチェスターシティの練習に合流し、強化を進めてきたという。その成果も出ていたのだろう、非常にオーソドックスな4バックの布陣を敷き、べた引きというほどではなく、けっこう真っ向から戦いを挑んできた。特徴としては4バックの裏にいくらかスペースがあること、サイドから攻められるとSBが一人サイドのケアに出て行く他は、中央をしっかり3人で固めているということ、などがある。これが日本の戦いぶりに大きく影響した。

まず、裏にスペースがそこそこあるため、日本のFWが裏狙いに傾き過ぎたことがある。これは大久保、高原、山瀬という選手のチョイスも関係するのだが、ポストプレーらしいものがなく、日本の攻撃は一本調子になってしまっていた。高原や大久保の「戻って触りたがる」癖も、周辺にタイ選手が多くいる上に、狙われてもいるために有効ではなかった。

やはり高原のようなストライカー型の選手、大久保や山瀬のようなシャドーストライカーに近いタイプの選手は、ポストプレーに秀でた前田や巻といった選手と組み合わせた方が実力を発揮するのではないか、とあらためて思わされた前半であった。

後半は、中村憲剛や遠藤が、パスを離した後のパス&ゴーで敵DFの裏を狙い始める。こういったフリーランは、オシム前監督下の日本代表の特徴でもあったのだが、やはり初戦の緊張からか、この前半ではほとんどできていなかった。ハーフタイムの岡田監督の「詰まった展開になったら誰か動き出せ」という指示により、後半には復活したわけだ。

そうすると、タイのDFもついて下がらざるを得ず、高原や大久保が前を向いてボールを持てる機会も増えていく。そして、山瀬がサイドから勝負を仕掛け、その直前にフリーランで前線に上がっていた中村憲剛の足に当たって大久保の前にこぼれ、2点目!となる。山瀬の「つっかけ」、大久保の瞬間の反応は大いに賞賛されてしかるべきだが、それを引き出した岡田監督の「詰まった展開になったら動き出せ」という指示も正しかったということが言えるだろう。


サイド攻撃の停滞

また、タイが「サイドから攻められるとSBが一人、サイドのケアに出て行く他は、中央をしっかり3人で固めている」結果として、サイドから攻めようとしてもなかなかクロスが有効な攻撃に結びつかなかった。

内田: 早めにクロスを上げろと言っていたけど、中央にたくさん人(DF)がいるので、タイミングを外そうとして中途半端になってしまった。
岡田監督: ビデオで見ていたタイはもう少し中央が開いていたのが、今日は中に人を集めて守っていたと。逆にキッカーがフリーだと、そこで何かしようと、流れを止める、ノッキングするようなことがあったと。

この守り方は、4バックで戦う場合のオーソドックスな、セオリーにかなったものだと思う。マンチェスター・シティでの訓練が行き届いたものではないだろうか。そしてその結果として、日本は大住さんが書かれているように、「クロスからのシュートが一本もない」という状態になる。これを改善するための岡田監督の指示が、

岡田監督: (クロスを)あげてもなかなか取れないなら、もうひとり人をかけるようにとHTにいいました。遠藤と中村が横でサポートではなく前に出て行くことで、キッカーを蹴りやすくするという工夫

というものだった。遠藤や中村憲剛のフリーランの増加は、この指示を受けてのものだったということがわかるだろう。そして実はこの点は、ここまでの岡田日本と、オシム日本とのもっとも大きな差となっているのである。


「数的有利を作ってのサイドアタック」の激減

私はかつて、オシム日本の攻撃の特徴として

1)すばやい守→攻の切り替え
2)数多いフリーランニング・追い越し
3)数的有利を作ってのサイドアタック
4)DFラインからの攻撃参加

というものをあげていた。酷暑のアジアカップでは、1)の攻守の切り替えの早さは抑制され、代わりに各所で数的有利を作ってのボールポゼッションが優先されたが、その際に非常によく見られたのが3)であった。具体的には、ボールを持ったサイドバック(加地や駒野)の外側をOMF(遠藤や俊輔)やボランチ(憲剛や啓太)が弧を描いてオーバーラップしていくプレーだ。サイドバック(以下SB)としては、オーバーラップする選手にパスを出してもいいし、彼がマーカーを一人引き剥がしてくれるために、クロスも上げやすくなる。ご記憶の方も多いだろう。

Sideこういったプレーが、岡田日本代表では激減しているのだ。ほぼ消失しているといっていい。タイ戦のみならず、岡田体制1試合目のチリ戦でも、続いてのボスニア・ヘルツェゴビナ戦でも、ほぼゼロであったのは、その点に注目してみれば明らかなことだ。オシム体制では、SBがボールを持てばほぼオートマティックに発動していた、と言えるほど頻出していたプレーが、これほど減少しているのは、明らかに有意なことと思われる。

少しさかのぼって、オシム時代のこのプレーについて考えてみよう。何がこのプレーを可能にしていたのだろうか?SBがボールを持ってから、OMFなどがオーバーラップするまでにあまり時間がかかりすぎると、このプレーは意味を持たない。したがって、OMFやボランチのポジショニングが重要になってくるのに加え、各選手の「判断の早さ」とそれに基づく「動き出しの早さ」が必要になってくるのだ。そしてそのような判断の早さこそ、喧伝された「多色ビブス練習」で培われたものだった。

誤解しないで欲しいのだが、「あのプレーがなくなっているから問題である」と私は言っているのではない。サイドで数的有利を作るプレーは、よい点もあるが欠点もある。チームコンセプトが変われば、それは行われることもあるし、なくなることもあるだろう。ただ、現時点までの岡田日本は、各所での「オシム日本を継承するだろう」という予測とは裏腹に、オシム日本とかなり考え方が変わっているということを、ここでは論考しておきたいだけである。その一つの大きな表れが、「数的有利を作ってのサイドアタック」の(現時点までの)激減に現れているということなのだ。


「ボールのないところでのリスクチャレンジ」

こうした「判断の早さ」と、それに基づく「動き出しの早さ」、そしてそれによって発生する「数多い追い越し(オーバーラップ)」・・・これらを融合したものこそが、オシム前監督が日本サッカーの向かうべき方向としていたものだ、と私は考えている。それを短く言い当てた言葉が、「考えて走る」サッカーということになるのだろう。別の言い方をすれば、「ボールのないところでのリスクチャレンジ」を非常に重視したサッカーと言うこともできる。

前述のプレーを行う場合、SBにボールが入った瞬間にはもう、後ろの選手がオーバーラップのために、自分のポジションを捨てて走り始めていなくてはならない。これは言うまでもないが、自分のポジションを誰かがカバーしてくれるいう確信、および自分のフリーランがチーム全体で承認されているという理解がなければできない、ある種リスキーなことである。「ボールのないところでも、自分で判断してリスクを積極的に犯すこと」を徹底的に要求し、承認し、賞賛していたのがオシムサッカーであった。

それを非常によく体得し、理解していたのが羽生や山岸といった元ジェフの選手たちである。試合を見ると、彼らの動き出しの早さはいまだに一段も二段も高いレベルにあることがわかる。そしてオシム体制下の1年を通じて、憲剛や遠藤、啓太らもそうした動き出し、追い越しを身につけていった。しかしそうした「ボールのないところでの」リスクチャレンジの精神は、常に要求し、「チームコンセプトなのだ」と伝え、練習で繰り返しておかないと、消えていきやすいものなのだ、ということはこの3戦でわかったことでもある。


「接近してから展開」と「展開してから接近」と

チーム・コンセプトに関して、「言葉」はその一端に過ぎない。「考えて走る」にしろ、「フラットスリー」にしろ、選手にそういう言葉で伝えられたわけではない。それよりもメソッドに裏打ちされた練習で体得させられることの方がはるかに多く、重要だと思う。それを前提にしての話だが、岡田監督の掲げた「接近、展開、連続」というキーワードは、なかなか興味深いものと言える。これまでの試合の中で、その言葉で「やろうとしていること」がそれなりに見て取れるからだ。

チリ戦では、オシム体制で多かったサイドチェンジが減少し、狭い局面でパスをまわそうという意識が高かった。また、オシム日本に比べると、選手が密集してのプレスが、チリ戦、タイ戦では多かったことが確認できる(チリ戦ではそれがまだ習熟できておらず、プレスの意識は高いものの、かいくぐられてしまっていたが)。岡田監督はいくつかのTVやスポーツ新聞のインタビューで、こういったプレスも「接近」に含めていたようで、ここまではそれも定着しつつあると言えるだろう。

そして実は、「接近、展開」の言葉の並び順にも意味があるように思える。攻撃時に、「接近してボールをまわし、食いつかせてから展開(サイドチェンジなど)する」という順番もそうであるし、密集してのプレスをその始動としても、「接近(プレス)→展開(すばやい攻め)」という順になるだろう。どちらの場合も、「密集しているから奪えば近くにサポートがいる」、「密集しているから失ってもすぐプレッシャーがかけられる」という利点がある。タイ戦では後者の、「失ってすぐのプレッシャー」もオシム日本よりも増えていた、と私には見える。

ひるがえってオシム日本では、「接近→展開」よりも「展開→接近」という順番であったように思える(これはJ-KETでの「ひき」さんの投稿に触発されたのだが)。サイドを広く使い、大きくサイドチェンジを繰り返す。そしてSBにボールが入れば、すばやくOMFやボランチがオーバーラップ、「数的優位を作ってサイドアタック」をしていく。ほとんどの局面で、ボールホルダーをフリーにしようとする「展開」が重視され、そのための判断の早さが最優先される。そういうオシム体制下のサッカーと、ここまで3試合のサッカーはかなり様変わりしていることが判ると思う。

こうした「展開」重視のオシム監督のサッカーが、「接近」を許容するのは、本当に最後に点を取る瞬間や、個のアイデアによって局面を打開する場合に限られているのではないか、と思う。それは、アジアカップにおいては中村俊輔や高原の起用に現れており、彼らだけではないにしろ、「最後の瞬間」においては、それが許容/奨励されたのだろう。そしてそれは、アジアカップ後は大久保や松井の起用が増えるようになっていったことにもつながっていく。段階的にチームを作るオシム監督は、チーム全体の「ボールのない時に」リスクチャレンジする意識を醸成し、連動性を高めた上で、「最後のワンピース」をはめにかかったところだったのではないだろうか。


「現実」から「理想」へ

以上見てきたように、私は岡田監督の「接近、展開、連続」は、オシム日本とはかなり違いのあるコンセプトだと思う(少なくとも現時点までは)。しかし、それはまったく当然のことでもある。同じように「ボールも人も動く」をテーマにしていても、監督が違えば練習法も、奨励するプレーも違い、意識づけも変わってくる。「オシム日本を引き継ぐ」ことなど、無意味であるばかりでなく、不可能でさえあることなのだ。オシム日本と近いか、遠いかで岡田監督が評価されるわけではない。

しかし、タイ戦では岡田監督自身のコンセプトも十分に浸透し、機能したとは言えなかったと思う。前半の一本調子な攻め、有効なサイドアタックが少なかった点、流れの中でタイを崩しきれなかった点などは、まだまだ向上する余地のあるところだろう。特に攻撃面での「接近」は、本当に日本人選手で世界相手に実現できるのか、非常に難しいことだと思う。しかし、守備面での「接近」は、この試合ではなかなかに浸透、機能していた(タイ相手ではあるが)し、失点シーン以外では、守備に破綻もなかった点は評価できるだろう。カウンター対策も良くできていた。

守備を安定させたうえで、セットプレーからの3点奪っての勝利は、非常に現実的なものであり、就任間もない状況ではロジカルなものであったと思う。問題はここからどこまで「理想」に近づいていけるか、ということになるのだ。岡田監督はこれまで札幌や横浜FMで、「理想を追ったあと、現実路線へ」切り替えて結果を残してきた(最後の横浜FMでは、もう一度理想を追おうとして頓挫した)、という印象を私は持っている。これからは、「現実から理想へ」という、そのときとは逆の航路をたどらなくてはならない。

岡田監督自身、選手たちに「世界をあっと言わせよう」と語ったという。その言葉自体は、私も大いに賛成だ。しかしそれにはもちろん、タイ戦のサッカーでは十分ではないだろう。「ボールも人も動く」「接近、展開、連続」というサッカーは、岡田監督はいまだ実現したこと、結果を出したことがないものだ。それでも、これからの予選を戦いながら、その「理想」へ向けて日本代表を成長させていかなければ、「世界をあっと言わせる」ことはかなわない。

この上もない「結果」で船出を果たした岡田日本。その「現実」から「理想」への航路が、実り多いものであることを祈ってやまない。

それではまた。

03:38 PM [岡田日本代表] | 固定リンク

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