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October 01, 2007

15年前から一切成長していない協会トップ

物議をかもした川崎の「チャーター機~8人入れ替え事件」ですが、Jリーグの鬼武チェアマンが「今回はやむをえなかった」としたことで一応の収束を見そうです。チェアマンは川崎の武田社長をJFAハウスに呼び出して事情聴取をした上で、「クラブとしてベストの判断をしたと聞いた。今後はお互いがコミュニケーションを図ってやりたい」というコメントを出しました。

しかし、これでは「川崎側にもコミュニケーションの上で落ち度があった」と言っているように聞こえます。これはおかしい。川崎側はそもそもルールを守っている上に、Jリーグに確認もとっています。したがって不足していたのは「社団法人日本プロサッカーリーグの中でのコミュニケーション」であって、それを指導、監督する責任者はもちろん鬼武チェアマンその人です。鬼武チェアマンはまずは自らの指導不足を恥じ、誤解に基づいて自分の部下(犬飼専務理事)が怒鳴りつけ騒動に巻き込んだ川崎に対し、公式に陳謝すべきです。


なぜ存在する、ベストメンバー規定

この「ベストメンバー規定」ですが、私はそもそも悪法であり、不必要であると考えていました。今回それがあらためてクローズアップされた形になりましたが、なぜこれが制定されたのか、さかのぼって見てみましょう。その経緯についてはこちらが詳しいです。

・川淵チェアマン(当時)の「プロになったからには最高水準のゲームを提供していかなければならない」という信念により設けられたもの。
・当初は、「Jクラブは、その時点における最強のチーム(ベストメンバー)をもって前条の試合に臨まなくてはならない」(Jリーグ規約第42条)というだけで、明確な数的基準がなかった。
・2000年のヤマザキナビスコカップにおいて、アビスパ福岡のピッコリ監督が意図的にメンバーを落として試合をし、川淵チェアマンはこれを問題視、あらたに基準が設けられた(ピッコリ事件)。

その通称ピッコリ事件の際に設けられたのが、今回川崎が違反していない

② 第40条第1項第1号から第3号までの試合における先発メンバー11人は,当該試合直前のリーグ戦5試合の内、1試合以上先発メンバーとして出場した選手を6人以上含まなければならず、詳細に関しては「Jリーグ規約第42条の補足基準」によるものとする。

という数的基準になるわけです。

ピッコリ事件の時も川淵チェアマンは、数的基準がなく、ほとんど「心がけ規定」のようなものである、もともとの42条に基づいて福岡を罰したい意向を持っていたようですから、ここで話している

一方、日本協会の川淵三郎会長は27日、「Jリーグで解決すべき」と前置きしながらも「8人もいないのは本来の精神にもとる」と苦言を呈した。

「本来の精神」は、数的基準以前の42条「「Jクラブは、その時点における最強のチーム(ベストメンバー)をもって前条の試合に臨まなくてはならない」を念頭においているということでしょう。そしてその精神は、「プロになったからには最高水準のゲームを提供していかなければならない」という信念に基づくものだ、ということです。


ピッコリ事件

このアビスパ福岡の「ピッコリ事件」(2000年4月)に関し、大住良之氏がJリーグ側の視点に立ち、「アビスパの『規約違反』に断固たる制裁を」という文章を書かれています。これは、今回の問題を考えるにあたっても、非常に参考になるものだと思われますから、少し詳しく見てみましょう。このコラム中では、ベストメンバー規定の存在意義を

 1.公平性
 2.プロとして勝利のために最善を尽くすこと
 3.アウェーチームの金銭的損害
 4.サッカーくじとの関連

としています。また、このコラムには反響が大きかったと見え、読者からの反論の投稿に答える形で111回、また数的規準の制定後に118回を書き足しています。

この第118回では、川淵チェアマンがピッコリ事件に対し投書を行った人たちへ、「最強チームによる試合参加の義務について」という返事を送ったことに触れられています。その中になかなかに興味深い一節が含まれていたようです。

 ヨーロッパなどでカップ戦ではリーグ戦とは違うメンバーを出すことが容認されているとしても、現段階のJリーグでは、まず何よりもすべての試合で最強のメンバーを出して全力を注ぐというモラルが必要と説いています。

この問題について考える時に、当時から「欧州や南米ではリーグ戦とカップ戦、CLなどで試合の重要度に応じ、ターンオーバーをするのは普通のこと」という意見は数多く出されました。それに対して川淵チェアマンの反論は「現段階(7年前)のJリーグでは」、ベストメンバーで戦うことが必要というものだったわけです。そのこと自体も疑問の残るものですが、ではそれから7年後、2007年の現在、Jリーグは欧州や南米のリーグと同じことをしてよいのかどうか、そのような成熟は見られたのかどうか。

それを考えるために参考になるのが、一つは「ベストメンバー」という言葉であり、もう一つは犬飼専務理事がいみじくも使い、論議を呼んでいる「サポーター」という言葉になると思います。


何が「ベストメンバー」か

川淵チェアマンは「最強のメンバー」「ベストメンバー」について、件の文書の中で、

「最強チームとは、多くのファンに了解された公的なもの」「リーグ戦、リーグカップ戦、天皇杯などのトップカテゴリーの試合の多くに先発出場している選手として、ごく簡単かつ客観的に見てとることができる」

としているようです。わかりやすく言うと「レギュラーメンバー」であり、「スターメンバー」とか、「Aチーム」とでも言うべきものを指すことになるでしょう。しかしそれが本当に「その試合を戦うに当たってのベストなのか」という疑問があるわけです。ですから「ベストメンバー」という言葉のチョイスがそもそも誤解を生みやすいものであって、「レギュラーメンバー規定」とでもしておけば分かりやすかったでしょう。

2000年のナビスコカップでメンバーを入れ替えたピッコリ監督は、このように言っています。

技術のある選手がベストメンバーではない。90分質の高いプレーをするのが選手がベストだ。

「疲労したレギュラーとコンディションのいいサブのどちらがベストか?」ということですね。これは結局、その時の監督の考えによって変わってくることでしょう。「動けない選手よりも、コンディションのいい選手を使った方が『最強のメンバー』であり、『全力を尽くす』ことになる」という考えの監督も多くいます。それに対して「疲れてようとなんだろうと、レギュラーメンバーを出すべきだ」ということを押しつけようとしているのが、川淵チェアマン(当時)の言っていることになるわけです。

これを「プロになったからには最高水準のゲームを提供していかなければならない」という視点で見ると「ファンは、動けるサブの出る試合よりも、動けないレギュラーの出る試合を喜ぶだろう」ということになります。はたしてそれは正しいでしょうか?

これはもしかすると、Jリーグ設立当時には一応の合理性を持っていた考えかもしれません。しかし、現在の私たちの目はもっと肥えているのではないでしょうか?疲労して動けないレギュラーのするプレーよりも、ピッコリ監督の言う「90分間質の高いプレーをする選手」によって構成されたゲームを、楽しめることができるようになっているのではないでしょうか?

もしかすると、Jリーグ設立以来成長していないのは、協会トップの方ではないでしょうか?


「サポーター」とは誰か?

さて今回の川崎の事件において、犬飼専務理事は

「Jリーグも頑張ってもらうためのチャーター機。その思いが通じなかった。サポーターを裏切ったことへの説明を求めていく」

語りました。これに対して、川崎フロンターレのサポーターの方は「犬飼さん、我々は裏切られていません」というダンマクを出しました。私もこれは応援したいと思います。

あのハードスケジュールの中、疲労の蓄積した選手を休ませることは多くの川崎サポーターが支持するでしょうし、また8人入れ替えた時の試合振りも、その後のACLの、懸命に戦いながら1点が取れずにPKで敗退した戦いも、「よくやった」と思いこそすれ、「裏切られた」などと感じた「サポーター」はいないだろうと(個人的には)思います。

ただこれも、犬飼専務理事が「サポーター」という言葉を使ったために、このような誤解が起こっていると考えられます。「サポーター」ではなく「ファン」であれば、前章で見たような「動けるサブよりも、動けなくてもレギュラーの出る試合が見たい」と考える「ファン」はいないとも限らないからです。おそらく、私たちがイメージする「川崎フロンターレのサポーター」を犬飼氏は意味しているのではなく、ごくごく一般的な「ファン」に対して、「レギュラーを出さないという裏切り」をしたと考えたのでしょう。

これについても、15年前のJリーグ設立当初ならば、その考え方にある程度の妥当性があったかもしれません。当時は「サポーター」よりも「ファン」の方が多かったかもしれないですし、「有名選手が見たいからスタジアムに来た」というタイプの「ファン」に対しては、レギュラーを出さないというのは裏切りと言えなくもないかもしれません。(注:私はここで「サポーター」と「ファン」の間に優劣をつけて論じていません。ただその違いを見ようとしているだけです)

しかし、ピッコリ事件の起こった7年前でも、アビスパ福岡のサポーターの一部の方は、「サポーターはピッコリ支持で一つに固まっていた。文句を言う人間はだれも居ない」と語ったといわれています。(wiki大住氏への投稿)そして、Jリーグ設立から15年、日本のサッカーファンは急速に、おそらくJリーグ幹部の想像を超えたスピードで「サポーター」となって来ているのです。

私見ですが「サポーター」とは、チームとともに戦う存在だと思います。だからこそ、川崎がACL、Jリーグでともに「ベストの結果を出す」ことを考えての「コンディションの悪いレギュラーを休ませる」事については、当たり前のように承認し、クラブを後押ししようと考えるのだと思いますそして、川崎の試合を応援しにスタジアムへ駆けつけるのは、もうほとんどが「ファン」よりも「サポーター」になってきているのではないでしょうか?それは、Jリーグが目標としてきた「地域への密着」が、ついにそこへ到達したというべきでしょう。

今回意外だったのは、「あの」サポーターを抱える浦和レッズを作り上げた犬飼専務理事から、このような発言が出たことです。彼はともかく、川淵氏、鬼武氏の考える「ファンのために有名メンバーを」という考え方は、すでに完全にサポーターにおいていかれていると、私は思います。川淵氏が7年前に出した「現段階のJリーグでは、まず何よりもすべての試合で最強のメンバーを出して全力を注ぐというモラルが必要」という考えは、もはや時代遅れなのではないでしょうか?

欧州や南米のクラブにおいては、リーグ戦とカップ戦、そしてCLで選手を入れ替えて戦うことは、一般的に行われていることです。それはハードスケジュールを強いられる選手を守り、またそれぞれの試合のクオリティを保つためにこそ、必要とされることです。そして日本の「ファン」「サポーター」は、もはやそれをきちんと受け止められる、理解できる段階に達しました。それが今回の、犬飼、鬼武、川淵の発言に対してこれほど多くの反発が起こった理由なのだと、私は思います。


ベストメンバー規定の撤廃を!

私はもはや、「ベストメンバー規定」はその歴史的役割を終え、撤廃されるべきだと思います。Jリーグの草創期には、Jリーグを推進する立場にあるものが、各クラブに対してある程度指導をしていくことが必要だったかもしれません。しかし、現在ではクラブはそれぞれ独立した道を歩み始めているといってもいいと思います。そしてファンやサポーターも成熟し、欧州で行われているような(例えば)ターンオーバー制などが行われても、それを十分に消化し、受け止めていくことができるようになっています。

そしてなにより、そうした「ファン」「サポーター」との関係は、現在では各クラブがそれぞれ独自に考えていくテーマになっているということです。Jリーグが「こうすべきだ」などと指導することではない。クラブによっては(例えば)優勝の芽があるナビスコカップを重視するクラブがあってもいいし、カップ戦よりも降格を回避するためのリーグ戦に注力するクラブがあってもいいし、ACLを重視するクラブがあってもいいのです。それによってファンやサポーターがどう思うかは、そのクラブと彼らとの間の問題なのです。

Jリーグは、Jリーグ幹部のものではない。サポーターのものだ。

今回の事件は、それをあらためて如実に表したものだと思います。

それではまた。

03:27 PM [Jリーグ] | 固定リンク

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