« アジアカップに何を見るか | トップページ | 車は加速する(カメルーン戦) »


August 11, 2007

新委員会は本当に必要?

(アジアカップ総括は途中ですが、見過ごせない話だと思うので、一回これをはさみます)

アジアカップ後、JFA会長川淵氏は「代表監督評価・査定機関」を作ろうという考えを明かした

川淵氏: 問題があれば、オシムと(協会が)キャッチボールする必要がある。質問があれば投げかけ、要求すべきはする。技術委員会の中に独立したものを作り、そこでオシムをチェックする。

サポーターの間でも意図が分かりにくいと思われたこの構想だが、これについて西部謙司氏がコラムを書かれている。文中で西部氏は、「本当に、こんな委員会を立ち上げるつもりなのだろうか?」と、新委員会構想そのものに疑問を呈する。

1)投げかけるべき質問のレベルが低い
2)協会に必要なのは距離を置いて観察することよりも、対象に近いところの評価
 →そのために技術委員会がある。
3)オシムにものを言える者がいないのが問題なのは確か。
 →そこが心配ならば現行コーチングスタッフを替えたほうがいい

西部氏があげる新委員会構想への疑問は以上のようなものだ。そして、このように疑問のある新委員会の構想には、何か別の目的があるのではないか、と推測し、

西部氏: となると、アジアカップ4位で溜まったファンの不満をガス抜きするのが(川淵会長が新委員会を設立する)真の目的なのだろうか。

としている(括弧内補足はケット・シー)。真の目的についてはわからないが、疑問点は私もまさにその通りと思う。現行のコーチングスタッフ、あるいは強化委員にオシム監督にものをいえる人がいないのは確かに問題だが、それならばその担当を替えるか、別に人材を加えればいいことだ。新たに委員会を立ち上げる理由としては不十分だ。

また、「協会に必要なのは距離を置いて観察することよりも、対象に近いところの評価」に関しても、私は同感である。

以前にもまったく似たようなことがあったのをご記憶の方はいらっしゃるだろうか?トルシェ前監督の頃、技術委員会の他に、釜本氏を長とする評価査定期間「強化推進本部」が設けられた。この委員会が「レポート」を上げ、それによってトルシェ監督の契約を延長するか、解任するかを決めようとしていたのだ。当時の記録を詳細に残した「日本代表監督論」(潮智史著)の中に、次のような一説がある。

自民党の参議院議員を努めていた釜本は、練習はもちろん試合にも駆けつけることのままならない忙しさの中にいた。木之本はJリーグの専務理事として多忙を極めている。こまめに練習から見渡していたのは大仁ひとり。練習の狙いや効果を汲み取れない人間が自分を評価することに憤慨し、(トルシェは)失望感をあらわにした。「協会は査定や評価ばかりで、支援する気持ちがない」「評価を下すのなら、すべてを見て判断すべきだ」(括弧内補足ケット・シー)

まさに、「距離を置いた観察、評価」を否定する事例だろう。技術委員長が現場に足しげく通うのも、技術委員会にコーチが入っているのも、このような問題ががあるからだ。「○○という課題の解決のために、どのような練習をしているのか」「その成果はどのくらい上がっているのか」ということを、きちんと知ったうえで評価しなくては、「どのくらいの強化の進捗状況なのか」も理解のしようがないではないか。ただたんにたまに代表の試合を見て「いい内容だった」「悪い内容だった」などと評価する機関ならば必要ない、ということだろう。

私は常々、代表監督の問題を考えるにあたり、PDCAサイクルをしっかりしてほしいと思っている。PDCAとは、Plan(計画)-Do(実行)-Check(評価)-Act(改善)の略である。日本サッカーは、代表チームはどのような方向を目指すのか、そのような事前プランがしっかりあって、それにあった監督を招聘し、彼の実行をしっかりと評価し、そして改善していく。この場合の事前プランは技術委員会が立てるのが当然のことだろう。

そして、代表監督を評価するにしても、その事前プランを評価者がしっかりと理解したうえで、なされなければならないのもまた自明のことだ。先にあげたような「強化の進捗状況」は、ただ試合を見ているだけでは分からない。「距離をおいた評価、査定」などよりも、事前プランを深く理解し、しっかりと強化課程を見ている技術委員会がそれを行う方が、意味のあるものになることは確かだろうと思う。


かつての「新査定期間」の顛末


これに対し、常々「日本のスポーツ界で最高のリーダーは川淵氏」と発言している二宮清純氏が、1年前、「代表改革へ新査定期間に注目」と題したコラムを書かれていた。二宮氏は、「サポート機関のほかに査定機関を設けることが必要」ということを持論としていたようだ。

コラムの中で二宮氏は、かつての加茂監督と加藤久強化委員長の間の確執が、「技術委員会が評価・査定を行わない機関になったこと」の原因だとしているが、これもまた興味深い書き方である。というのは、加茂監督の退任を進言した大仁強化委員長の例や、むしろ評価・査定を専門とした釜本強化推進本部の事例が無視されているからだ。この「強化推進本部」に関しては、立ち上げられる前に大住良之 氏がすでに疑問を呈していたのだが、その点でも、今回との強い類似があるといえる。

大住氏: 代表チーム監督というのは、単なるサッカーコーチではありません。短期的な目標をもってその実現に努力するとともに、長期的な展望に立ち、いろいろな要素を総合してチームを導いていかなければなりません。

大事なのは、「ビジョン」であり、それを実現する「能力」です。  であれば、いちど監督を選任したのなら、監督がビジョンと能力を最大限に生かせるよう、監督中心の組織がつくられなければならないと思うのです。

とすれば、必要なのは大所高所からものを言う人々ではなく、監督のアイデアを実現させるべく働くスタッフということになります。(中略)

しかし今回の「強化推進本部」は、逆にトルシエと協会の関係をより複雑にし、トルシエを孤立させかねないと思うのです

2000年6月にトルシェ監督の「解任」が大新聞にリークされ、そこから大騒ぎになったわけだが、評価・査定をするはずの強化推進本部はレポートを一本化できず、結局トルシェ監督との契約延長を岡野会長が決断した。この時、政務次官専任を理由として釜本氏が退任し、「強化推進本部」は代表監督のサポート組織へとその性質を変化させ、評価・査定機能はそこから排除された。

これはまさに、「練習に来もしない人々が代表を査定しようとした」ことからくる、当初予想された「ゆがみ」が一挙に噴出した事例だといえるだろう。二宮氏はこの件をなぜか無視しているのだが、今回の新委員会も、やり方をよほど考えないと同じことになる可能性が高いと私は思うのだ。


確かに根拠なき楽観論があるなら問題だが・・・

二宮氏: 代表をサポートする機関といえば聞こえはいいが、チェク機能が動かなくなると緊張感まで失われてしまう。いわゆる代表の“大政翼賛会”化である。根拠なき楽観論の先に待っているのはカタストロフィーだ。

確かに、すべてが監督の言いなりではまずいだろう。そこをきちんとチェックできる機能を、技術委員会には求めたい。

しかし、この文章を二宮氏が書いていたとはまた興味深いことだ。2002年に川淵氏が会長になって、大仁氏から田嶋氏に技術委員長を変更する人事を行った際、田嶋氏は「ジーコ監督の評価・査定はしない」と明言し、川淵氏は「監督の評価やクビを切るということは、最終的にオレが決めればいいこと」と嘯いていた(当時の新聞記事等はネット上には残っていないが、J-KET掲示板の過去ログにその発表後の反応が残っていて興味深い)。「代表の“大政翼賛会化”」「根拠なき楽観論の果てのカタストロフィー」と言えば、この2002-2006体制のことを、普通の人ならば思い起こすのではないか。

そしてそのカタストロフィーの後も「ジーコ采配は検証せず」だったわけであるのだが・・・。

二宮氏: 過日、再任された川渕キャプテンに、この点を質(ただ)した。川渕氏は「技術委員会とは別の機関になると思うが…」と前置きして、こう明言した。「客観性を持たせながら公平に試合を分析し、評価を下せる組織は必要だと思う」。

これは、川淵氏も「2002-2006にチェック機関がなかったのは失敗だった」と認めたということなのだろうか?それとも、そういうことは忘れてしまって、一般論として語っているのだろうか?どうもその辺が釈然としない文章ではある。

このコラムは1年前のものでもあり、今回の新委員会を念頭に置いたものではないが、妙に符合するところも多い。一般論としては、「代表監督の言いなりではいけない」「代表の評価、査定は必要」というのは間違ってはいない。しかし、今回の「距離を置いて客観的に評価をする」という新委員会の構想は、先にも見たように、「練習にも来ず、その狙いも理解しない人々が、評価・査定をする」ということにもなりかねず、うまくいかない可能性が高いと思う。

それよりも、技術委員会の面々がよりきちんとオシム監督に相対し、「問題があれば、オシムとキャッチボールする。質問があれば投げかけ、要求すべきはする」ということができるようになっていく方が、はるかに実のある強化になるだろう。そして、近くにいてしっかりと強化の進捗状況を見て取れる彼らが、それに基づいて評価、査定をできるようになることが、本当に求められることではないだろうか。そのために必要ならば、人事の刷新もあってもかまわない。私としては、祖母井氏を三顧の礼を持って迎えるのが最善の策であるように思うのだが。

それではまた。

12:47 AM [オシム日本] | 固定リンク

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/21259/16071879

この記事へのトラックバック一覧です: 新委員会は本当に必要?: