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July 11, 2007

Maiden voyage

オシム日本代表のアジアカップ初戦、vsカタール戦は1−1の引き分けに終わった。第3戦で地元ベトナムと戦う日本としては、早めにGL(グループリーグ)突破を決めておきたかったところで、勝ち点3を逃したのは悔やまれる。しかし、残り2試合で勝ち点を取ればGL突破は確実になるわけで、悲観することなく、次へつなげていって欲しいと思う。

試合自体は、中村俊輔が冷静に語るように、それほど悪い内容だったというわけではない。

中村俊輔: 「試合自体は悪くない。形は見えてきた。あとはフィニッシュだけ」
「今までよりボールは回せている。あとは、最後だけ」
「攻め込まれて、どうこうというわけじゃない。次につなげやすい。」

カタールはご存知のようにアジア大会優勝国だが、そういうチームを相手にしても日本はボールを支配し、形を作っていった。もちろんオシム監督の目指すサッカーは完全にはできていなかっただろうから「良い内容」とは言わないものの、合宿開始から1週間目のチームとしては、それほど悪くない内容だった、と私は思う。数字はあくまでも参考にしかならないが、この試合のスタッツを参照しておこう。

  日本 カタール
ボール支配率 62.9% 37.1%
シュート数 10

さらにさらに参考までに、同じように酷暑の中の試合だった3年前の中国アジアカップ初戦、オマーン戦のスタッツも置いておく。

  日本 オマーン
ボール支配率 50% 50%
シュート数 16


横パスの嵐

カタールは、おそらくは長い合宿で相当にトレーニングを積んできたのだろう、組織立ったきれいなゾーンディフェンスを形成していた。それも自陣の相当低い位置で。この辺は、マンマークが多かったこれまでのアジアとはやや様相を異にしている。そして日本がDFライン〜ボランチでパスをまわしていてもチェックに来ず、ハーフウェーラインを越えてから今度は一転ハードなあたりでガツガツと削りに来る。選手間の統一された意識が感じられた。

Qatar対して日本は、中盤で持っても前線の動き出しが少なく、パスの出しどころがなくて躊躇してしまう展開が続く。仕方なしに横パス、横パスの連続になる。横パスの嵐だった。これではまったくオシム監督のサッカーとはいえないだろう。原因としてはやはり前線に、高原、中村俊輔、遠藤という、走り込みよりもテクニックに特徴があるような選手を3人起用したことによる部分が大きそうだ。

また、暑さの中、大きな大会の緒戦ということで、普段は前線への飛び出しを熱心に行う鈴木啓太もかなり自重していた。さらには、深い芝で中盤の選手の足にボールがつかなかったこと、そして、経験の浅い選手たちが、初めての大きな大会の初戦という緊張から、カチンコチンになっていたこともその大きな要因としてあげられるだろう。

ただ、この前半の選手の「動かなさ」に関しては、選手の「意図的なもの」だったという可能性もある。前述した鈴木啓太もそういうコメントを残しているし、また遠藤も、Number誌682号「オシムはアジアを制するか」の中のインタビューで次のように語っている。

遠藤: ビルドアップのところで簡単にボールを奪われないことが、後半のための一番の体力温存だと思います。だから、そんなに走りすぎないでもう少しまわしてもいいのでは、といつも思っています。ボールが入ってくれば、僕やシュンが変化をつけられる。

もちろん、この前後に基本的にはオシム監督の方針を支持していることを言明した上でのコメントだが、それにしてもこの試合はまさに彼の言葉通りになったと言えないだろうか。

さらには、この展開については、オシム監督もある程度は仕方ないと思っていたのではないかと思う。いつもなら意に沿わない展開の時にはかなり早くから立ち上がり、大声で指示を出すオシム監督が、前半ずっと座って見ていたのも、ある程度はこの展開が「織り込み済み」だったせいもあるのではないだろうか。それにしてもなんともじりじりとする、イライラの募る展開の前半だった。


疑問の残る選手起用

カタールはゾーン守備だと書いたが、高原がいうように、それはポジションチェンジしても敵があまり混乱しないタイプの守備でもある。

高原: 自分がどう動いても相手は動いてこないし、スペースが作れない

一般的にこういう時は、敵の一人の受け持ちのゾーンに二人、三人と入っていくことで敵を混乱させることができるのだが、この試合ではカタールの1トップを除く全員が敵陣深くに位置取っているため、それも難しい。ボールを奪った後の守→攻の切り替えの速さを旨とするオシムサッカーにとっても、最初から敵が全員引いているのでは突くべきスペースがなく、攻撃が非常に難しくなってしまう。この辺、相手の守備を見るのも、私には少し興味深かった。

しかしそれにしても、遠藤、俊輔を2列目で並べる必要はあるのだろうか?と疑問に思ったのも事実だ。サイドからクロスが上がった時にペナルティエリア内にいるのが高原だけということもしばしば。山岸はまだシュートシーンに顔を出すが、中村と遠藤のフィニッシュへの意識のなさはどうしたことだろうと思わされてしまう(遠藤は以前はできていたのだが)。彼らは、ペナルティエリア付近や角でボールを受けても、シュートではなく、誰かへのお膳立てのようなちょっとした小さなパスを選択することが多い。彼らが積極的にシュートを打てば、敵の守備ももっと混乱しただろうにと思う。

敵がゾーンでもあるため、一瞬だけなら中でボールを受け、前を向くこともできているのだ。そういう時に強引でもシュートを打つか、あるいはドリブルで突っかけていけば、敵はペナルティエリア付近でシビアな守備をせざるを得なくなる。結果、敵陣のバランスを崩したり、あるいはファウルを得たりということができるようになるはずなのだが、俊輔、遠藤、それに憲剛あたりはきれいに崩すことにこだわりすぎているように見えた。

この辺は選手起用の問題、つまり監督の問題でもあるだろう。やはり遠藤に代えて水野や太田あたりを前半から起用しておいた方が、攻撃はよりスムースになったのではないかと思う。あるいは山岸ではなく、よりフィニッシャーとしての適正のある佐藤寿人を起用するか。もちろん「山岸だからあそこに顔を出せた」という面はあるのだが、このままではいかにもである。

オシム監督の意図は、カタールをある程度研究した上での守備面での安定性を考えて、1トップを選択したのだと思う。また以前に語っていた「中村を起用するなら必要となる5人の選手」にも合致した起用ではある。しかし、カタールの攻撃がそれほど怖くないとわかった後半には、あるいは1失点後点を取りに行きたい場面では、もう少し変化をつけても良かったのではないかと思う。

今後、日本はぜひとも勝ち点3が欲しい戦いに突入する。そういう場面でのオシム監督の選手起用、選手交代、そしてもちろんメンタル面での「引き締め」「ハッパかけ」に期待したい。


できたこと、できなかったこと

さて、前半我慢してボールを動かし続けたことで、後半になってカタールの動きも落ちてきた。日本選手もようやく緊張がほぐれ、また芝にも慣れ、連動した攻撃、オシム日本らしい攻撃が機能するようになっていく。7分にも山岸がシュート。さらにビッグチャンスは後半12分、今野のアーリークロスを高原が頭で落とし、走りこんだ山岸がシュート!ボールは枠外へ。しかし、外れはしたものの、この辺から日本に得点の匂いが漂い始める。

そして後半16分、中盤からのスルーパスに今野が走りこみ、ダイレクトでクロス、これを中央で高原があわせてゴール!このときやや内側では山岸もスルーパスを受けようと反応しており、カタールのディフェンスラインがこれに高さを合わせようか、今野に反応しようか一瞬バラバラになっている。山岸も意図的ではないだろうが、この前の2つのフィニッシュでカタールDFが彼を意識していたことが、期せずしてのアシストになっていたのかもしれない。

この後も日本はボールを支配し攻撃を続ける。相変わらず細かなパス回しにこだわりすぎる嫌いはあったが、それでもフィニッシュまでいける展開も多い。そして後半29分、羽生が投入される。1点取られて敵が前に出て来る&疲れてきたところへスピードのある選手を投入して、裏を突いたり、かき回したりを狙おうというところで、定石でもあるだろう。しかし、個人的にはこれが裏目に出たのではないか、と思う。

というのは、この時間帯からむしろ、チームのやろうとしていることがバラバラになって行ったような感があったからだ。俊輔や遠藤のやろうとしている「つなぐサッカー」に、羽生があまりフィットしていないように見えた。もっと単純に羽生を使うボールを増やすかと思いきや、どうもそうはならない。羽生の動き出しにボールがあわない、逆に遠藤や俊輔の近くに羽生がいない(スペースへ走りこもうとしている)ため、小技が使えない。羽生を入れるならば。周りの選手に彼を入れたときの戦い方をしっかり伝授しておかなくてはならなかっただろう。

そして後半37分橋本の投入。動きの落ちた中村憲剛に代えて、守備のできる選手を入れようという意図はわからなくはない。しかし橋本もまた、初戦の緊張によってカチンコチンになっていた。ボールが足につかない。ここからまた流れが悪くなっていく。そして、中盤での浮き球に誰も競りに行かず、次のボールへの寄せも甘く、セバスチャンへいい状態でパスを出させてしまう。阿部のプレーがファウルに取られたのは不運もあるだろうし、失点はFKに対する壁の作り方の甘さが直接の原因だ。しかし、そのすべては少し前からの「流れ」の問題、そしてそれを生み出した「集中力」の問題に帰すると私は思う。


経験の浅い選手たち

私がなんとも残念だったのは、失点直前の緩んだ時間帯、あるいは失点後の時間帯のどちらにも、手を叩くなどして回りを鼓舞する声を出す選手が見えなかったことだ。前代表の宮本や中田ヒデならば絶対にそうしていただろうし、闘莉王もそれをしただろう。しかしこのチームでは、年長の川口も、中澤も、中村俊輔も、遠藤も、そうしていたようには見えなかった。

そういうものがあれば、あのような「緩み」はおきなかったかもしれない。あるいはまた、特定の選手頼りでなくても、そのようなチーム状態を全員が感じ取って、気を引き締めあうか。それには、そういうことができるだけの「経験」が必要なのだろう。今J−KET掲示板でミケロットさんと議論しているのが、まさにその点でもある。このチームは2002〜2006チームの「経験」を、継承していない。

それは言うまでもなく、オシム監督の責任だ。経験を継承できる選手を選んでいない。経験があっても伝えられない選手が多い。経験が浅く、カチンコチンになる選手を起用してしまい、緊張を取り除くメンタルマネジメントもできなかった。この点はオシム監督が指弾されても仕方がないところだろう。選手選考に全権を持つ監督は、同時にそのすべての責任も負わなくてはならないのだ。

しかしそれはもちろん、このアジアカップが最終目的であった場合、である。アジアカップを取ることだけを考えれば、この大会に経験の多い選手がいないことは問題となるだろう。しかし、オシムのミッションはアジアカップを獲ることではない。だから協会はノルマを設けないと明言しているのだし、オシムも不十分な準備状況をしぶしぶながらも(笑)受け入れたのだ。オシムが(その言動とは裏腹に)まだ先を見据えているとしたならば、「今」経験の継承をできる選手を多く入れていないことも理解ができるのではないか。


ニッポンよ、ニッポン

闘莉王(怪我で選ばれていないが)、阿部、啓太、今野、憲剛、駒野、寿人、彼らは本来は2002〜2006でもっと経験を積んでおくべき選手たちだった。しかし、その4年間は特殊な固定方針により、経験値が一部の選手にしか蓄積しなかった。この大会は、それを取り戻す第一歩なのだ。ドイツ大会以後、本当に痺れるような経験を、彼らはまだ積めていない。この大会が、ドイツの悲劇の後の、日本サッカー丸の最初の航海なのだ。

Maiden voyage.航海は始まった。船出は、手放しで褒められたものではないが、最悪のものでもなかった。出航した以上、船の行く先は自分たちで決めるしかない。頼るものは何もない。しかしだからこそ、掴み取れた時にはその果実が大きなものになるのではないか。むしろ順風満帆などではない方が良い。その行く先に波高かれと、そしてその先に幸多かれと、願ってやまない。

選手たちは、いまこそ自分たちの真価が試されると思って欲しい。そして経験がないからこそ、がむしゃらに、ひたむきに戦って欲しい。「日本はチャレンジャーだ」と言葉では言いながら、やはりどこかで王者のサッカーをしてしまっていたのではないか。今度こそ、日本ははっきりとチャレンジャーになった。後がない?素晴らしい!もうやることは、ひとつしかないではないか。選手たちよ、殻を破れ!

それではまた。

02:26 PM [オシム日本] | 固定リンク

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