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January 06, 2007

2006大会の趨勢と日本(テクニカルレポートより)

日本代表テクニカルレポートのうち、小野剛氏による2006年大会全体を俯瞰した「大会全般」「技術・戦術分析」は、それなりに読みでがあり、興味深いところもある。しかし同時に、小野氏自身は触れていないが、ジーコジャパンの問題点のえぐりだしにもなっていると思う。前回に続いて、ざっと見ていこう。

2002年日韓大会では、どのチームも守備を高度に組織化していたために、ボールを奪ったらそれが整う前に攻撃しきってしまう、いわゆる「ダイレクトプレー」からでないと得点が難しく、その割合が非常に多かった。しかし2006年ドイツ大会では、それが減っていた。各チーム、基本的には守→攻の切り替えの時点では、ダイレクトプレーを狙っているにもかかわらず、である。

ボールを獲得してから10秒以内の得点は今大会が約34%
2002年大会が約53%

その原因について、本書では、以下次のようにロジックが立てられる。

カウンターからの得点が減少
         ↓
カウンターをさせない守備が徹底されていた
         ↓
全員の守備意識、守備能力が非常に高く、
ボールを失った瞬間に、チームとして相手にカウンターをさせない守備を行っていた
         ↓
前線の選手も含め、全員に徹底したハードワークが要求される守備

ここから少し引用しよう。

今大会は、サッカーがさらに洗練されてきて、甘さ、隙があったら勝てない、甘えが許されない、サッカーがさらに進化した大会であったと言える。全員が、高い技術、闘う姿勢、ハードワークを高いレベルでベースとして持っている国のみが勝てる。世界のサッカーはそういう段階に突入している。

勝つチームは、何かを免除されるスーパースターはもはや存在しない。たとえば守備が免除されハードワークをしなくてよい選手がいるようなチームは、よい成績を残していない。2~3大会前だったらスーパースターと呼ばれたであろうタイプの選手は、今大会では通用しなくなっているのである。

これについては、「技術・戦術分析」のなかの「Ⅱ.フィールドプレー 守備編」でさらに詳しく触れられている。

1. ボールを奪いに行く姿勢: 今大会で示された守備の傾向は、相手の攻撃を遅らせたり、バイタルエリアへの進入を阻止したりするだけでなく、明らかに前線から相手の攻撃に制限を加え、チームとして意図的にボールを奪い、攻撃に結び付けていくというものであった。

これらは私も、ピッチの上に実際に見て取れたことだと思うし、同感でもある。現在のサッカーではあのバルセロナのエトーでさえ、しっかりと守備をしているのだ。FWの守備を免除するようなチームは、ベスト8に進出するような国にはもはやないと言っていいだろう。さらには多くのチームで、最前線の選手までもが「遅らせる」だけの守備ではなく、体を張って奪いにいく守備をしている。オフサイドルールの変更によりハイラインのチームは減ったのだが、それでも強豪チームはいわゆるリトリート(下がって待ち受ける守備)だけではなく、高い位置から全員で「奪いにいく」プレスをしているのである。それがないと勝てない時代になってきた、ということなのだろう。


大会の趨勢においていかれた日本

ひるがえって日本はどうだっただろうか。

小野剛氏は、田嶋氏よりは客観的に、日本代表の戦いぶりを記述している。

日本はボールに近づくが、チャンスがあれば奪える距離までは寄せきれていない。そのため相手に対してのプレッシャーになっておらず、シュートをうたれる、あるいはクロスを入れられる場面が多かった。

日本は「連動したボールへのプレス」ができておらず、守備面において「大会全体の趨勢」に追いついていないチームになっていた、ということだ。これはドイツ大会だけではなく、ジーコジャパンの軌跡をつぶさに見ていれば、ほぼ誰にもわかることだったのではないだろうか。アジアカップやアジア予選でさえ、前線からのプレスが奏功したシーンは少なく、下がって待ち受ける守備で闘っていたジーコジャパン。世界レベルで突然それができるようになるはずがあるだろうか。

この点において、前回飛ばした田嶋氏の守備面での分析を見てみよう(日本代表テクニカルレポート:5章「日本代表報告」)。

7)コンフェデ杯では「連動したボールへのプレス」ができていなかった
8)W杯ブラジル戦の前半はできていた

これは興味深いものだ。なぜなら「オーストラリア戦やクロアチア戦は?」と聞きたくなる書き方だからだ。実際、サッカー批評 Issue32(2006)「われわれは惨敗を直視する」の中の「田嶋幸三 戦後の述懐」では、田嶋氏自身「クロアチアとオーストラリアではそれができなかった」と語っている。私もブラジル戦の前半はそれなりにできていたと思う。しかし、3試合のうち45分間だけ取り上げてどうするのか。そこでの問題は「90分持たなかった」ことではなく、「オーストラリア、クロアチア戦ではできなかった」ことだろう。できていた試合、時間帯は少なかった。その原因は何なのか。

7)コンフェデ杯では「連動したボールへのプレス」ができていなかった
8)ブラジル戦の前半はできていた
9)90分持たなかった(チェルシーやアーセナルはできている)

お分かりだろうが、ここでひとつのすり替えが起こっている。とにかくジーコ監督の指導の話を一切しないようにするためか、ブラジル戦だけに話を絞り、「後半にはできなかった」ことを「日本人全体が持っている課題」のように言ってしまう。そうだろうか?過去にそれを90分やり通したチームはなかっただろうか?日本代表は、常にああいう試合をするチームだっただろうか?何かをわざと見ないようにしていないだろうか?

14)守備をしっかりし、連動したプレッシャーをかけることは日本ができていたことで、今後徹底してやりたい
(西野、山本、田中、トルシェ、岡田)

田嶋氏はまさに、「連動したボールへのプレス」は、上記の監督が指導したこれまでの日本代表では「できていたこと」としている。私もまったく同感である。しかし、オーストラリア戦、クロアチア戦では「できていなかった」のだ。これまでの日本代表でできていたことが、05コンフェデ杯でも、またこのW杯の83%の時間でも「できていなかった」という分析。しかしそこに「なぜできなかったか」は出てこない。それが出てこなければ分析ではないし、今後にも生かせないだろう。何をかいわんやである。


全員のハードワーク、闘う姿勢


さて、4章の最後で小野剛氏は、

(日本と)勝った国との差は、最終的な部分の差ではなく、「当たり前」の部分の習慣化、徹底のところの差であったと考える。勝った国が持っていた全員の高い技術、全員のハードワーク、全員の闘う姿勢というベースの部分を、もっとレベルアップする必要がある。

としている。これは正しいと思う。例えば、守備時にピッチ上のどこでフィジカル・コンタクトを行ったかをカウントしてみると、次のようになる(ヘディングは「奪いにいく守備」とは関係ないと考え、除いてある)。 




-アタッキングサードミドルサードディフェンディングサード
日本代表2954
ポルトガル代表104845
メキシコ代表155235

これはオーストラリア戦の日本代表と、オランダ戦のポルトガル代表とで比べてみたものだ。背の高い敵という点で(オーストラリア/オランダ)共通し、終盤に押された試合内容が近いと思い、例に取り上げてみた。ピッチを縦に3分割し、自陣に近いほうをディフェンディングサードとする分類を使っている。

一目瞭然、高い位置(ミドルサードからアタッキングサード)で日本代表がフィジカル・コンタクトを敢行した数が少ないのが、はっきりとわかるだろう。(もちろん、コンタクトなしでも「奪える」守備はあるが、それも日本の試合では少なかった)。参考までに、アルゼンチンと戦ったときのメキシコ代表のデータも加えておく(90分間)。W杯で主審を務めた上川氏が、「日本が一番闘っていなかった」と語り、私もそう考えたのだが、それは技術委員会の分析でも、またあらためてデータ化してみても、よくわかることなのである。

日本は言うまでもなく、個人の能力では欧州、南米の強豪国には劣るだろう。また体格、フィジカルコンタクトの能力では、アフリカの強国にも一歩譲ると思う。そういうチームが、「全員のハードワーク、全員の闘う姿勢」という部分でも劣っていたのだ。勝てるわけがあるだろうか?

技術は一朝一夕には伸ばせない。確かに育成を待たなくてはならない部分ではあろう。しかし、「ハードワークや闘う姿勢」はそうなのか?それは、田嶋氏自身が言うように、フランス大会や日韓大会(どちらも酷暑の大会であった)の日本では「できていたこと」、むしろ誇るべき美点でさえあったのではないだろうか?私たちは、足の骨が折れてさえ最後まで走る選手を、知っていたのではないのか?方針や指導さえ間違っていなければ、それはドイツ大会でもできたことだったのではないか?

私たちはずっと、ジーコ監督の組織作りの能力が高くないこと、特にディフェンス面で、およびプレスの指導の面で低いこと、それにより日本代表の多くの問題が発生していることを指摘してきた。今回専門家である協会の技術委員会も、「ドイツ大会の日本代表は、多くの時間帯でプレスがうまくできていなかった」ことを公式に認めた(まあ認めざるを得ないだろう)。私たちからすれば、それはずっと前からわかっていたことであるが、田嶋氏も「そういう分析をしていたから、1年前にオシム監督に決めることができた」と語っている。ああ、その言葉の通りなら、1年前にオシム監督に代えてくれていたなら、というのは、あまりに悲しい想像ではある。


回り道は終わった

そう、「全員のハードワーク、闘う姿勢」というキーワードが、オシム監督ほど似合う指導者はいるだろうか?全員が走り、マンマークし、体をぶつけ、高い位置でボールを奪おうとし、奪えばどんどんリスクチャレンジして攻撃参加していく。この部分で、オシムサッカーは98年、02年に「できていたこと」を正当に継承すると言えるだろう。特に、前線の選手にまでマークをすることを要求するやりかたは「敵ボールホルダーを早く、高い位置で捕まえる」ことになり、今大会の趨勢である「カウンターをさせない守備」にもつながってくる。以下は参考でしかないが、オシム日本vsガーナ戦でのフィジカルコンタクトのポイントを見てみよう(ジーコ日本代表はオーストラリア戦)。




-アタッキングサードミドルサードディフェンディングサード
ジーコ日本代表2954
オシム日本代表135038
メキシコ代表155235

もちろんこれはあくまでも参考にしかならない。6人交代できる親善試合と本番は違うし、夜の試合と昼の試合も違うだろう。力試しの試合と、本番中の本番でどちらが慎重に行くべきかという問題もある。また、4年間の集大成であり、1ヶ月におよぶ合宿をこなした後の試合と、就任してからまとまった強化期間が取れず、たった5試合目という試合では、いろいろなことが違うのは当然である。しかし、試合を見てみれば、多くの選手が高い位置から奪おうとし、ファウルも辞さないプレーをしているのはよくわかる。すくなくとも、そうしようという意欲はこのデータからもわかるだろう。

私がオシム監督の方針に、おおぐくりで賛成なのは、このような論拠による。ただし、その守備戦術は日本代表ではまだまだ未完成だろうと思う。これまでの試合でも見てきたように、最終ラインのマンマークと、「奪いにいく守備」が連動していないシーンはままあり、このままでは真の世界レベルと戦うことはできないだろう。それでも、「全員にハードワークを要求し、守備を免除する選手を作らない」ということに、オシム監督はすでに手をつけている。オシム監督の「走らない選手は使わない」という宣言、ドイツワールドカップでの、あれほどのスーパースターたちがあれほどひたむきに、泥にまみれ、体を投げ出して守備をしている姿を見れば、日本がまさにオシム監督の言うような方向へ進まなくてはならないことは、誰にも自然と理解されることではないだろうか。

遅まきながら、また協会の責任逃れをよそに、オシム日本はようやく正常な方向へ進み始めた。2007年はその進歩が着実で、少しでも先に進めるようになること、そして邪魔をしようとする勢力が現れないことを、願ってやまない。

それではまた。

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