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July 31, 2006川淵キャプテンは説明責任を果たせ
7月30日の日本サッカー協会評議員会と理事会において、川淵キャプテンの三選が決まりました。そこで以下のような談話が出されています。ずいぶんとおかしなことを言っているので、これに反論しておきたいと思います。
ワールドカップ(W杯)に関する責任は重く受け止めており、またオシム監督に関する失言は言い訳できない。
ここは、他の記事では「結果責任」となっているが、私たちは「結果責任」のみを問題にしているのではない。川淵キャプテンが技術委員会のリストを覆して、非常に大きな影響力を振るった上での選考過程、途中での検証、そこでのPDCA、プロセスがおかしかったこと、そしてそれがドイツでの結果につながったことに対して問題視しているのだ。それに気づいて欲しい。
ただ、意図的にリークしたということではないし、そんなことで責任は回避できない。自分の良心に誓って、責任を棚上げする意図はなかった。
それならば、「川淵キャプテン・ドイツW杯総括記者会見」を、オープンにもう一度行うべきだ。「そんなこと(リーク)で責任は回避できない」と言うが、問題になっているのは、「リーク」によってドイツ直後の、「総括、責任を問う場」を大混乱させたこと、それによって、川淵キャプテンの責任に対するきちんとした質疑が出来なかったこと、なのだ。それが結果として「説明責任の回避」につながっているから大問題なのだ。
また、代表に関して総括がない、という声があるが、決してそういうことはない。
これも同じこと。技術委員会が恒常的に評価していくのは当たり前のことだ。そういう問題ではなく、オープンな場で、ドイツW杯、およびこの4年に対しての「総責任者・川淵キャプテンとしての」総括記者会見を行いなさい、ということ。「責任逃れをするつもりがない」のであれば、そういう場を設け、説明責任を果たせ。それが最低限するべきことだ。(質問はフリーで受け付けるように。子飼いの記者だけに質問させないこと)
ある先輩からは、『晩節を汚すな』ということを申し上げられた。
「申し上げられた」は「お言葉をいただいた」とかの方が正しいのでは?しかし、素晴らしい先輩の素晴らしい忠告だと思う。それを無視するとは。
しかし、私は自分の責務を果たすことなく職を離れることこそ無責任と考える。多くのファンの批判があることは承知しているが、サッカー界への貢献を考え、自信と確信を持って臨んでいきたい。
これは素直に読むと「多くのファンの批判があることは知っているが自信と確信を持って、無視する」ということだろうか?ありがたい先輩も、多くのファンも川淵キャプテンの責任を重視しているのに、個人の勝手な自信と確信だけで続ける、というのだな。
協会に自浄能力がないのなら、サポが声を上げなければどうしようもない。私は絶っっっっ対に、デモに行きます。
*****
■「川淵会長にレッドカードを」8月9日デモ実行のお知らせ
川淵会長への意思表明として、日本代表戦試合後、
千駄ヶ谷駅方面行きのデモを企画しました。
所要時間は10分程度を予定していますのでお気軽にご参加ください。
日時 : 8月9日(水) トリニダード・トバゴ戦終了後
時間 : 21時25分(試合終了時間によって前後する可能性あり)
場所 : 日本青年館玄関前 (競技場より徒歩5分)
経路 : 日本青年館前→千駄ヶ谷駅手前にて解散 (所用時間10分)
申請 : 7月28日付けで四谷警察署に申請済み
http://kawabuchi.tv/
なお、当日はチケットの無い方のために、
集合場所にて代表戦テレビ観戦も予定しているそうです。
******
■メディア論?「対川淵」論?
「ここは独裁国家なのか?」に対して、TENさんからトラックバックで反論をいただきました。
「対川淵」ではなく、これはメディア論だから。
この一文にあるように、TENさんは全体としてメディア論としてこの問題を語ろうとされています。私は「対川淵」で書いているので、すれ違いもあるでしょう。メディアが情けないのはもっともですが、私から見ると川淵氏の影響力、恐怖はそれを仕方ないものと思わせるものです。サッカーダイジェストの山内編集長が「これは私の責任において、私の意見として言う」と、悲壮なまでに意を決しないと言えない環境がそこにあると私には思えるのです。
ケット・シー
もはや堰を切ったように、これまでのサッカー協会の「報道管制」「言論弾圧」に ついての告発が相次いでいる。これは報道の自由のある国としては異常事態だ。 ここはどこなのか?どこぞの独裁国家なのか?
TENさん
そもそも、堰を切ったように告発が相次ぐのはむしろメディアが正常に機能している状態で、これまでが機能していなかったのではないだろうか。
告発が出ているのが、個人や、サッカーと普段あまり関係がない雑誌である、という点を見て欲しいですね。そういったところからの告発が相次いだとしても、必ずしも「メディアが正常に機能している状態」ではありません。スポーツ新聞、サッカー誌、主要な一般紙などは、まだそういった記事を書けない影響下にあるように私には思われます。
TENさん
ハッキリいえば、統制されるままになっていたことのほうがメディア論としては問題なんじゃないのかな、とボクは思うけど。
それはまったくその通り。TENさんが「メディア、もっとガンバレ」と言うのは正しいです。ただ私は今はメディアを正常化するよりも、川淵氏の問題を顕在化させるほうが急務だと思っている、ということです。
ケット・シー
W杯グループリーグで敗退したから、ではない。それをきっかけにすべての膿が 噴出して、「代表の私物化」をなした川淵氏の会長不適格が明らかになったから こそ、今、川淵氏は辞任すべきなのである。
TENさん
会長としての資質の判断を、このキッカケに行われていくのは組織論として問題はないが、これをキッカケにしないと批判ができないのでは、メディアとして心もとない。
むしろまだ、そういう「これをキッカケに批判を始めたメディア」はほとんどないのが現状です。ようやくサッカーダイジェストや、SPORTS Yeah!が幾分検証記事を書き始めているだけ。そういう意味ではメディア論としてはもっと心もとないでしょう。しかし、私はそこに「それほどの協会の影響力があるのだ」と見ます。
サッカーと普段関係のないメディアが協会やジーコを批判することは、リスクが少ない。また木村氏のような個人は、個人でリスクの責任を取れる(だからと言って軽んじているわけではありません、もちろん)。しかし、大手出版社や、サッカーメディアの中に組み込まれたところは、そういうリスクは組織として避けるように出来ているのです。記者が書こうとしても、デスクが止める。デスクが意を決しても、他の部門(営業など)が文句を言う。そこを突破しても、役員が止める。
TENさん
むしろ、流れ、空気が生まれた「今こそ」というメディアのやり口が実に気に入らない。単に流れのよい方向に向きを向いただけ、統制からサポへの衣替えのようにも見える。彼らが事実を熱心に伝え、明らかにする気概をみせた結果がこれならばいいと思うけれど、それはこれからの話でもある。
そういう気概を見せたのはまだわずかにダイジェストと、ずいぶん甘いけどSPORTS Yeah!くらいのものでしょう。もちろんメディアも情けないけど、そうなる「構造」は私にははっきりと見えるのです。それを変えるために、やはり川淵氏とその周辺の問題をしっかりと、誰かがまとめて指摘しておかないといけない。そういう意味でこれは私にとっては、メディア論ではなく、「対川淵」なのですよ。
最後に
TENさん
一般論というか、サポーターの総論的な書き方に、とても違和感を覚えました。 ケット・シー氏らしくないな、と。余計なお世話ですね、本当に。
らしくないですね(笑)。やはりドイツで感じた怒りが、まだ体の中に残っているのでしょう。ただ、今回のエントリーは反対する人も多かったですが、賛同も普段以上にもらいました。そういう意味では目的を達したかな、というところです。余計なお世話とは思いません。ご意見ありがとうございます。
それではまた。
03:32 AM [Good Bye!川淵さん] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (4) |
July 30, 2006川淵会長にレッドカードを!
ついに「川淵会長にレッドカードを」というデモの計画が告知されました。
*****
■「川淵会長にレッドカードを」8月9日デモ実行のお知らせ
川淵会長への意思表明として、日本代表戦試合後、
千駄ヶ谷駅方面行きのデモを企画しました。
所要時間は10分程度を予定していますのでお気軽にご参加ください。
日時 : 8月9日(水) トリニダード・トバゴ戦終了後
時間 : 21時25分(試合終了時間によって前後する可能性あり)
場所 : 日本青年館玄関前 (競技場より徒歩5分)
経路 : 日本青年館前→千駄ヶ谷駅手前にて解散 (所用時間10分)
申請 : 7月28日付けで四谷警察署に申請済み
http://kawabuchi.tv/
なお、当日はチケットの無い方のために、
集合場所にて代表戦テレビ観戦も予定しているそうです。
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川淵キャプテンには、サポーターからの不支持をしっかりと認識してもらわなくてはならないと思っています。
それには、こういう行動を通して声をあげていく必要があるでしょう。
ここしばらくの、川淵キャプテンの行動に「おかしい」と感じられている方にとっては、実際の行動でそれを表明するチャンスです。日本サッカーの今後のためにも、サポが声をあげることが大切だと思います。
私も、トリニダート・トバコ戦には行きますし(そこで川淵キャプテンにブーイングするつもり)、その後のこのデモにも参加したいと思います。
それではまた。
10:48 AM [Good Bye!川淵さん] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (8) |
July 26, 2006ここは独裁国家なのか
とんでもないことだ。ここは独裁国家なのか。いったいサッカーをどこまで汚せば気が済むのか。川淵キャプテンは辞任するべきだ。
「オシムの言葉」の著者木村元彦氏が、W杯前にジーコ監督批判と取れるような記事を書いた後、協会の圧力によってジェフから取材拒否をされていたというのだ!これではまるで独裁政権下の言論弾圧ではないか!
これだけではない。スカパーでは土田晃之氏が、
僕はサッカー協会の人間ではないので、
どんなに毒を吐こうが、
サッカーの仕事がなくなっても大丈夫な立場なので
どんどん言ってきたいと思います!
と発言し、また向井亜紀さんも自身のブログで次のように書いている。
ワールドカップの裏話は山ほどあるようです・・・。
が、特にテレビ局やスポーツ新聞社の記者は、サッカー協会に嫌われたら大っ変なことになりますから、キツイ記事はご法度になっちゃうみたいですね。
週刊文春6月29日号では
批判的な報道をすると、それ以後情報がもらえなくなったり何かと困るので、記者もぺこぺこするしかないんですよ(運動部記者)
「サイゾー」6月号では覆面座談会で
A「実はテレビや新聞といった大手メディアでは、代表や協会、選手に対する批判的な報道が ほとんどできない。協会の4階に各メディアのデスクもあって、協会サイドが情報をコントロール している。ジーコ批判や、不可解なテストマッチの組み方など、山積みの問題をどこも書けない」
もはや堰を切ったように、これまでのサッカー協会の「報道管制」「言論弾圧」についての告発が相次いでいる。これは報道の自由のある国としては異常事態だ。ここはどこなのか?どこぞの独裁国家なのか?
これまで、川淵キャプテンをその強引な手法から「独裁者」と揶揄する向きは多かった。とはいえ、一応は手続きにのっとって信任された会長であり、そのような呼び方は適当ではないと私は思っていた。しかし、「独裁政権」の一つの特徴は、まさに強権を持って自らへの批判を排除、抑圧するところにある。このような現在の川淵体制のありかたは、まさに独裁政権の言論弾圧そのものではないか。
■日本代表の「私物化」
ここで問題になるのは、川淵氏や協会への批判だけではなく、「ジーコ監督への」批判も同様に(あるいはそれ以上に)弾圧していたことである。
トルシェ監督時代は、多くのジャーナリストから実に彼に対する批判が多かった。人格批判やら言動批判など、的外れなものも存在したが、しかしこれだけの注目の集まる代表チームの監督であるから、そのように監視され、ジャーナリズムからのチェックが働くのは、むしろ必要なことでもある。当然だが、当時の岡野会長はトルシェ監督のために言論弾圧などしてはいない。
そう考えると、現在のこの蔓延する、目に余る言論弾圧は、ジーコ監督就任から、川淵キャプテン体制になってからのものとわかるだろう。なぜ川淵キャプテンは、ジーコ監督を擁護するために苛烈な言論弾圧をするのか。それは畢竟、「自分がその選任に最も影響力を行使した」「責任は自分にある」ということを自覚していたからに他ならない。組織的な手続きを踏んで選ばれた監督なら、批判があってもそれは健全なことと受け止められる。しかし、そうではないからこそ、ジーコ批判が出ることを恐れ、嫌がり、弾圧しようとしたのだ。これこそが、「日本代表の私物化」の最たるものだ。
代表の「私物化」とは、次のようなことである。ルールにのっとって技術委員会が作ったリストを覆し、そこにはなかった、路線のまったく違う「監督未経験者」をリストに加えさせ、彼を選任し、高圧的に擁護し続け、ノルマをなくし、評価機関をなくし、マスコミやファンからの批判を徹底的に弾圧する。また、大住氏が言うように、強化の妨げになるような準備合宿を押し付け、強化の役に立たない、スポンサーのための親善試合をスケジューリングする、などなど、代表を過度に商売、ビジネスに迎合させる。おそろしい、くだらない、私たちの愛するサッカーをこれ以上なく汚す行為だ。
W杯グループリーグで敗退したから、ではない。それをきっかけにすべての膿が噴出して、「代表の私物化」をなした川淵氏の会長不適格が明らかになったからこそ、今、川淵氏は辞任すべきなのである。「監督が辞めたから会長が辞めるというのはサッカー界にはない」などと考える必要はない。もはやことはそれにとどまらない。これまで自分が押し込め、見ない振りをしていたすべてのものが噴出し、自らの身に降りかかっているのだと川淵氏には認識してもらいたい。もはや欺瞞は通用しない。
大丈夫だ、川淵さんがいなくても強化や普及、発展は粛々と進んでいく。また、「失言を含め、いろいろなことの責任を取って辞める」ときちんと声明を出せば、「代表の成績で辞める」という前例にしなくてすむ。言論弾圧まで明るみに出れば、もはやサポーターを納得させうるのはあなたの辞任だけだ。スタジアムに響き渡るブーイング、「辞めろコール」をもう一度聞きたいのか?もう苦しまなくてよい。もう考える必要はないのだ。
もう一度言う。川淵キャプテン、あなたの日本サッカーに対する貢献は非常に大きいと思う。その部分は素直に認めるし、尊敬する。だからこそ、これ以上ご自分の晩節を汚すのはやめたほうがよいと、強く警告する。もし三選を果たしても、そこからの2年間、地位にしがみつけばしがみつくほど、あなたの世間での評価は下がり続けるのだ。ここで「いさぎよさ」を見せるのが、あなたにできる最後のサッカーへの貢献なのだ。
川淵キャプテン、あなたは辞任するべきだ。
それではまた。
03:37 PM [Good Bye!川淵さん] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (10) |
July 21, 2006「個のチカラ教」の欺瞞
エル・ゴラッソ272号に、「選手個々の成長という大前提」と題して、飯塚健司氏がコラムを書いています。日本サッカー再建計画シリーズと銘打たれたそれは、しかし恐ろしいほどの欺瞞に満ち、むしろ日本サッカーの再建の妨げにさえなるものだと私には思えました。その間違いを一つ一つ見ていきたいのですが、文章全体に疑問が満ちているので、非常に長文となってしまいました。休み休みでも(笑)、お読みいただければ幸いです。
敗退の理由は本当にジーコ監督の采配か
まず飯塚氏はこのように問題設定をする。そしてそれに対し「NO」と答える。私はここにすでに一つの詭弁が混じっていると思う。あるいは、故意の詭弁でないのならば、サッカーの監督という職業に対する根本的な無理解だ。彼はこのように書く。
ドイツW杯での日本代表は、結果はもちろん、内容でも不本意な戦いを演じた。なぜこの結果を招いたのか。(中略)なかでも、ジーコ前監督の手腕を敗因とする意見をよく聞く。長年、サッカーを取材してきたジャーナリストのなかにも、やはり監督の采配ミスを指摘する声がある。
ちょっと待って欲しいのだ。問題はここだ。
○ジーコ前監督の手腕を敗因とする意見
○やはり監督の采配ミスを指摘する声
この二つは言うまでも無いが同一ではない。サッカー監督の仕事は、試合中の選手交代をはじめとするいわゆる「采配」が総てではないのだ。そこに大きな欺瞞がまずある。
チームの方針を定め、それを練習で選手に染み込ませ、「組織」をつくりあげる。大会へ向けて戦い方の準備をし、方針を理解した23人をバランスを考慮して選び、先発の11人をコンディションやモチベーションに留意して送り出す。選手のコンディションを管理し、モチベーションを高め、戦う意識を持たせ、「チーム」にする。試合途中で起こりえることを想定し、そのための戦い方を伝授し、それに対応した途中投入選手を選んでおき、必要に応じて投入する。
これらすべてが「チーム作り」であり、「試合中の選手交代」よりも、「それ以前」がずっとずっと大事なのだ。日本では野球の文化が根強いからか、「誰を投入した」ということのみが「采配」とされ、それが監督の手腕とされることが多いが、私の意見ではそれは監督の仕事の10%程度に過ぎない。飯塚氏はそれを理解してか、しないでか、
何度も指摘するが、今回の敗因をジーコの采配ミスに求めるのは、もっとも簡単なことで、問題の本質をついてはいない。
このように言うのだが、「敗因をジーコの采配ミスに求める」のは、まさしくものごとの本質をついていないだろう。問題は飯塚氏がオミットしたそれ以外の90%のチーム作りのほうにあるからだ。もちろん、ドイツW杯では、ジーコ監督の「采配」のつたなさも大きな敗因となったが、そちらにばかりスポットがあたるのは確かにおかしい。
しかし、飯塚氏のように「監督の手腕」を「采配」にのみ矮小化し、そこを否定することで、あたかも「ジーコ監督の能力は敗北の原因ではない」かのような書き方をするのは、間違っている。最も重要な問題から目をそらせようとする、まったくの欺瞞と言うべきだろう。
■本来の課題?
私は、ジーコ監督のチーム作り、チームマネジメントの問題が最も大きな敗因と考えるものだが、それについては別項で論じよう(チーム作りの一部、チームマネジメントについては考察済み)。ここでは飯塚氏が「本来の課題」とするものの方を見ていくことにする。
飯塚氏は言う。
しかし、この4年間の日本サッカー協会の強化方針、ジーコに日本代表を任せていた理由を考えれば、ドイツW杯の敗戦を指揮官に押し付けることはできない。むしろ、采配ミスばかりがことさらに強調されて、本来の課題が表面化しないほうが怖い。
ではその、「本来の課題」とは何なのか?彼はここから一般論に目を移す。
ピッチで実際に戦うのは、ベンチに座っている監督ではない。どんな名将を招いても、プレーする選手たちが“自分自身”に責任を持ち、役割をしっかりと果たさなければ、よい結果は得られない。逆に、個々の選手がそれぞれに納得のいくプレーができたなら、チームとして満足のいく戦いができたなら、たとえ結果がともなわなくても、素直に敗戦を受け入れることができる。
なるほどなるほど。ここまではちょっと疑問はあっても「まあそういう考え方をする人はいるだろう」と思えなくは無い議論である。さてその先はどのように展開するのか。
ドイツW杯での日本代表はどうだったか?残念ながら本来の実力を発揮することなく、大会を去っている。
私もまったくそう思う。日本人選手のポテンシャルはもっと高い。この大会では日本は、持てる美点をまったく見せられなかった。グループリーグ敗退という「結果」はともかく、そのあまりの低内容に、われわれサッカーファンは大きく失望し、日本のサッカー界全体の勢い、エネルギーが下がる懸念さえあるほどだ。しかし、この先で飯塚氏は驚くような論理展開を見せる。
その原因はジーコにあったのか。決して、そうではない。ピッチの上の選手たちは、普段よりも運動量が少なく、技術的なミスを犯し、局面局面においての判断力も鈍っていた。
なんと。この男は何を言っているのか。日本代表がドイツW杯の舞台で本来の実力を発揮できなかったのは、ジーコが原因ではなく、すべて選手の問題だと言うのか。どのような論理を持ってすればそのように言うことができるのか。
言うまでもないことだが、選手は出場選手を選ぶことはできない。風邪で高熱を出した選手を送り込んでいれば、「普段よりも運動量が少なく、技術的なミスを犯し、局面局面においての判断力も鈍っていた」のは道理ではないか。選手は練習メニューを選ぶことはできない。「7試合戦うつもりでコンディションを作った」のであれば、初戦では体が重く、「普段よりも運動量が少なく、技術的なミスを犯し、局面局面においての判断力も鈍っていた」のも当然ではないのか。
W杯、特に初戦は極限の緊張が襲ってくるものである。だからこそあらゆる監督は、どのようにしてそれを取り除き、選手のメンタルを戦える状態に持っていくかについて研究し、それを実現しようと努力するのである。多くの選手が、名監督について「あの監督はモチベーションの上げ方がうまかった」と語るのは、それこそがサッカー監督の重要な、最も重要かもしれない仕事だからだ。それを失敗したドイツW杯、その敗北が監督の責任でなくてなんだというのだ。
「どんな状況でも頭をクリアに、勝利を得るためにどん欲にゴールを狙わなければならない」とはジーコが常々語っていた言葉だが、ドイツW杯での日本代表は、特にオーストラリア戦、クロアチア戦では、頭がクリアになっていなかった。
口で言うだけならば赤ん坊でもできる!プロの家庭教師が「成績を上げろ」「試験に受かれ」と口で言うだけで具体的な方策を示さなかったら、それは仕事をしたうちに入るのか?企業のある部門の責任者が部下に「業績を上げろ」と口で言うだけで、具体的な方策を示さなかったらどうなのか?口で言うだけで、本番で選手の頭をクリアにさせることができなかったのでは、仕事をしていないか、それに失敗したということだ。当たり前のことではないか。
■出発点の間違い
この4年間で日本サッカー協会が目指し、ジーコが説いてきたのは、選手個々が『自分が置かれた立場』に責任と自覚を持ち、自問自答すること、あるいは他者とのコミュニケーションによって成長を遂げることだった。教えられたことをオートマティックに遂行するだけでは、世界では勝てない。02年W杯でそのことを学んだゆえの、ジーコの監督就任であり、選手個々の成長を即した4年間だった。
この根本方針が間違っているのだ。完全に間違っているのだ。出発点から間違っているのだ。
まずは簡単なことだ。
教えられたことをオートマティックに遂行するだけでは、世界では勝てない。02年W杯でそのことを学んだ
1)2002代表は「教えられたことをオートマティックに遂行する」だけの代表ではなかった。監督の定めた60%のベースがあり、その上に個性を40%発揮することを求められた。現代表には選ばれなかった戸田や松田のような異能の個性が活かされ、稲本は「僕はジーコジャパンよりも自由だった」と述懐する。飯塚は一回この戸田の話をじっくりと読むべきだ。「そもそもそんなに言われてなかったしね」
2)そもそも守備戦術において、監督が役割をしっかりと教え、構築しないチームなど、クラブであれ代表であれ、どこにあるのか。チェルシーの守備戦術は監督が教えたことを遂行しているのではないのか。フランス代表の守備戦術はオートマティックではないのか。「教えられたことをオートマティックに遂行する」ことを悪であるかのように言う、この出発点そのものが完全な欺瞞なのだ。まったくばかばかしいことと言わなければならない。
3)「世界では勝てない」?2002年W杯では2勝しているのだが?3戦全敗だった98年から見ると、5得点3失点、2勝1分1敗は大きな前進ではないか。そもそもW杯は優勝チーム以外はどこかで負けるのである。決勝トーナメントに入れば1点差試合が多くなり、1点が非常に重い試合になるのはドイツW杯を見てもわかっただろう。
どんな強豪チームも非常に慎重に試合にはいる、決勝トーナメントという極限の舞台でセットプレーから1点を失った。それにより、日本よりも格上の相手が守りに入ってしまい、攻め崩せなかった。それは「戦術の限界」などではない。ドイツの決勝トーナメントでも、先制されて反攻しきれなかったチームはあまたある。日本ははじめてその舞台に立ち、戦い方をわかっておらず、敗北したということに過ぎないのだ。
それは苦い経験だが、けして「このやり方では世界で勝てない」ということではない。グループリーグを勝ち抜く力はあったが、強豪同士が持ち味をつぶしあう、決勝トーナメントのシビアな戦いに、日本が、チームとしても、国としても、慣れていなかっただけだ。W杯出場2回目の経験の浅い国、ということが出ただけなのだ。なぜこれまでの方針を全否定しなくてはならないのか。
■A代表で「選手個々の成長を促す」
以上のように、出発点たる
教えられたことをオートマティックに遂行するだけでは、世界では勝てない。02年W杯でそのことを学んだ
が完全に間違っている。その先の論理も誤った道に入るのも自明のことだろう。続けて見てみよう。
教えられたことをオートマティックに遂行するだけでは、世界では勝てない。02年W杯でそのことを学んだゆえの、ジーコの監督就任であり、選手個々の成長を即した4年間だった。
ジーコ監督は、言うまでもないがA代表の監督である。したがってここで書かれているのは、「A代表の選手個々の成長を即した」ということだ(即した、は促した、ではないだろうか?)。私は、時間の限られる代表チームで、ユースでもない大人の選手たちに、「選手個々の成長を促がす」ことを主目的とするチーム運営は間違っていると思う。他に犠牲になるものがあまりにも大きく、非効率的に過ぎるからだ。
しかし、ここではジーコ監督がそれを主目的にしていたという前提で話を進めよう。ではそれは、どのようにしてなされたのだろうか。
この4年間で日本サッカー協会が目指し、ジーコが説いてきたのは、選手個々が『自分が置かれた立場』に責任と自覚を持ち、自問自答すること、あるいは他者とのコミュニケーションによって成長を遂げることだった。
ジーコ監督は、プロの監督としての経験をほとんど持たない。専門教育を受けたこともない。心理学や、集団の行動理論を学んだわけでもない。したがって飯塚氏が書くように、「成長を促す」のも、そういった目的の練習メニューを組むことではなく、「選手個々が『自分が置かれた立場』に責任と自覚を持ち、自問自答すること、あるいは他者とのコミュニケーションによって成長を遂げる」ことを「説く」ことでしかできないのだ。
飯塚氏は続ける。
だが、ドイツW杯はその集大成とはならなかった。(中略)なぜ、もっとも大事な大会で、本来の力を発揮することなく、不本意な戦いをしてしまったのか。
これはまったくそのとおりだ。選手個々の成長を目的としたチームが、選手個々の力ではW杯で勝てなかった。結果が出なかったのみならず、持ち味もほとんど発揮できなかった。飯塚氏はしかし、その原因がどこにあるのかをはっきりとさせていない。代わりに、次の川口の談話を紹介するのみだ。
「ボクたちは戦っているわけで、生半可な気持ちでプレーしてはいけない。代表に選ばれなかった選手もいるわけで、その気持ちも考えてプレーしないと」(クロアチア戦後の川口)
この、自分の論で語らず川口の談話に語らせている論理展開は、「ドイツW杯が『個々の成長を促す』チームとしての集大成にならなかったのは、選手たちが生半可な気持ちでプレーしていたからだ」ということだろうか?
噴飯ものである。
飯塚氏は自分の論が自家撞着に陥っていることがわからないのだろうか?
■「個のチカラ教」の伝道師ではない
・選手の「個」を伸ばすことを強化の手段とする。
・それは責任感、自覚、コミュニケーションを強調することで行う。
・4年間をそれにあてた。
・ドイツでは責任感が足りなくて勝てなかった。
ここから実に簡単に分かるのは、非常に多くのことを犠牲にしながら、4年かけてそれができなかったのであれば、時間の限られる代表チームでそのようなことを目的にすること事態が間違っている、ということだ。あるいは、ジーコ監督の能力が、それを目的とするチーム運営にあたり、致命的なまでに低かった、ということだ。どちらであれ、根本方針の誤りがドイツでの敗戦を招いたのは明らかだろう。
言うまでもないが、ジーコ監督はA代表の監督である。プロの代表監督のミッションとは何か。「与えられた時間で、結果を求められる大会で、結果を出す」ことだ。ジーコ監督が「個を伸ばす」という方針を採るのならば、そしてそれに4年間を費やしてきたのならば、さらに言えば非常に限られた少人数のチームにのみそれを施してきたのであれば、その方針によってドイツW杯で結果を出す、ことが当然、とうぜん必要である。ジーコは代表監督であって、「個のチカラ教」の伝道師ではないのだから。
日本サッカー界が何よりも取り組まなければならないのは、引き続き選手個々の成長を即すことだ。単に技術レベルをあげるのではなく、戦ううえで最も重要な要素、プロサッカー選手として、代表としての心の持ち方、精神面の成長を図らなければならない。
ここでまた一つ欺瞞が入り込んでいるのにお気づきだろうか。ジーコ監督の議論をしていたはずが、唐突に「日本サッカー界が」と言い出している。もちろん、日本サッカーが全体として「選手個々の成長を促がす」ことが必要であり、重要であることは論を待たない。しかし、それは代表監督が「主目的」とするようなことではない。ユース年代の育成や、時間の取れるクラブで行うことが第一だ。時間の限られる代表チームでそれを行うのは、非効率的であるばかりでなく、他の重要なことがおろそかになるという点で、敗北の可能性を増すことでしかないのだ。
もしそれを行うなら、プロの監督がしっかりとした守備や組織を構築した上でするべきである。トルシェ監督は、60%の組織を構築した先に、赤信号のたとえ話にあるように、「自分を表現すること」を求め続けた。2002年のチームのほうが、2006年のチームよりもリスクチャレンジが多かった、あるいは戸田や松田のような個性を活かせていたのは、偶然ではないのだ。
■オシム監督に失礼だ
幸い、次期監督であるオシムは、この流れをしっかりと引き継げる人物だ。しかも、選手への厳しさはジーコの比ではない。
これはこれから、川淵キャプテンや協会の意を組んだ評論家からよく出てくる意見だろう。このような欺瞞はジェレミーさんのコメントで粉砕できる(笑)。
それから、ジーコ氏の哲学の継承者としてオシム氏が最適であるという川淵キャプテンのコメントを聞くのには、もううんざりしている。 これは、何の経験もなく、4年という長期間に何も結果を残せなかったジーコ氏と違い、名将として尊敬され、実績も残しているオシム氏に対する侮辱だろう。
「次もジーコ路線で?」というエントリーで書いたように、オシム監督はジーコ監督と違い、放任して「選手のやりたいこと」を優先する監督ではない。チームとして進むべき指針をはっきりと定めた上で、それを実現するためにどうするべきか、を考えさせる監督である。しかも、「考えさせる練習メニュー」も非常に豊富だ。メソッドをしっかり持った、実績のある監督なのだ。監督をしたことがなかったジーコ監督と比べるべくもないのは、当然のことではないか。
選手個々の成長なくして、日本代表の成長、日本サッカー界の発展は有りえない。ジーコからオシムへの引き継ぎは、『選手個々の成長を即す』というコンセプトのもとになされたものだ(まだ正式契約前だが・・・)。ピッチに立ち、考え、判断し、実際に戦うのは、選手だということを忘れてはならない。
まだ欺瞞は続いている。重要なのは「選手個々の成長を代表の主目的にして、守備組織の構築その他をおろそかにしたために、ドイツW杯で勝てなかった」ということだ。あれほどの低い組織的完成度のチームは、W杯を見回しても他にはない。「選手個々の成長が必要だ」ということだけを強弁しても、何の意味もない。それは全サッカー界的に、当然のことだからだ。しかしA代表の監督論を考えるためには、その「空虚な正論」だけを唱え続けていても空しいだけだ。
この4年間、「個々の成長」を主目的にした代表チームが何を失ってきたのか。そしてメソッドを持たない監督によって、その個々の成長さえも4年では成し遂げられなかったという事実。「強化方針の間違い」「監督の失敗」こそが、ドイツのピッチのうえに大きく書かれていたことだ。飯塚氏よ、それから目を逸らすな、直視するのだ。そうしなくては、この焼け跡からの日本サッカーの強化はできないと知るべきだ。
目を逸らそう、逸らそうとしているのは飯塚氏ばかりではない。ジーコが失敗だったと認めると、自分の責任問題になる川淵キャプテンこそがその元凶だ。しかし、もう欺瞞は通用しない。多くの国民がドイツのピッチの上に書いてあるものを見てしまったのだ。それを覆い隠そう、嘘で塗りつぶそう、としても、もはや無理なのだ。これから川淵氏に注がれる視線は、どんどん厳しいものになるだろう。もはや、失敗を失敗と認めたほうがずっと楽になれますよ、川淵さん。
それではまた。
02:27 PM [2006総括] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (4) |
July 14, 2006次もジーコ路線で?
川淵キャプテンは、W杯グループリーグが終わった翌日、次もジーコ路線で、と発言している。
「戦術で縛るのではなく、選手自身が考え、自分の意思でいろんなケースを打開していく、臨機応変にできるチームを目指す監督を選びたい」
これは一見するとなるほどと思える意見だろう。しかし、抽象的でありながら口当たりがよい言葉だけに、無批判に受け入れると誤解され、あるいは誤った方向に行きかねない言葉でもある。もう少しその周辺の言葉を探ってみよう。こちらは、川淵キャプテンがW杯前にボンの日本代表合宿地で、選手を激励した際の言葉だ。
「われわれは監督のやりたいサッカーでなく、選手のやりたいサッカーをこの4年間求めてきた。ミスを恐れずに、トライする選手がここに選ばれた」
こうなると少しニュアンスが違う。また、W杯後の帰国会見では、
今度の日本代表監督も、そのことを理解し、監督のやりたいサッカーではなく、選手自身が判断し思い切ってトライする人を選ぶために今、交渉をしている。
このように言っていたが、記者から
監督からすれば自分のしたいサッカーができないのは、引っ掛かるところかもしれません。
と突っ込まれ、
「監督のしたいサッカー」でなく、「選手がしたいサッカー」と言うと表現が極端に聞こえるが、選手を重視する――やはり監督にも「チームのあり方」があるので、それを全部無視するわけじゃない。しかし、その時々で選手がベンチ(監督)を見るのではなくて、いろいろな局面でも自分で判断できることが大事であって、選手たちが思い切ってトライし、自分の考えで難局を突破していく、そういうものを植え付けてほしいという意味。監督の作りたいサッカーはなくていい、というわけではまったくない。ジーコも決してそうじゃない。「選手自らが考えるんだ」ということを強調して表現しただけ。
このように補足している。
一般論としての、この方針自体の是非はおいておこう。サッカーは結局ピッチの上で、最終的には選手が判断せざるを得ないものだから、その部分の判断力を日本人選手が向上していくことは、私も非常に重要なことだと思う。ただ、「監督のやりたいサッカーでなく、選手のやりたいサッカーを」と言ってしまうと、今回のドイツW杯でも、どの国がそのようなことをしているのかと聞きたくなってしまうが(笑)。
■ボールを奪う位置
一般論ではなく、2006年のワールドカップにおいてその方針はどうだったか、ということを考えて見よう。ジーコ監督は、非常に基本的な指示だけをし、後は選手が自分で考えゲームを行うことを奨励した。これはその哲学として、各所で語られていることだろう。そして実際、戦術面においてジーコからの指示は少なく、選手たちは練習中の話し合いで自ら約束事を作り、それを実践しようとしていた。これももはや豊富なソースで語られていることだ。
さて、ドイツのピッチ上にはどのような「選手のやりたいサッカー」があったのだろうか。実はその、複数の「やりたいサッカー」の存在、そしてそれぞれの「乖離」に、この大会の大きな敗因の一つがあったのだと、私は思う。
かつて私は「ヒデとプレス」というエントリーで書いたのだが、このチームには「ボールを奪う位置」に対する意識の差がある。それに関する、W杯前の話し合いの様子がこちらだ。
中村(セルティック)は「ヒデさん(中田英)としては『最終ラインを下げすぎだ』という意見だった」と解説する。攻撃陣は最終ラインを押し上げて、ボールを相手ゴールに近い位置で奪取して、攻撃を仕掛けたいと感じる。
中田英や高原といった攻撃の選手は、ラインを上げて前目で奪うことを要求している。そして、
一方、宮本は「各国の親善試合を見ても、最終ラインを高い位置まで押し上げているところは少ない」とリスク管理を重んじる。福西は「それぞれの意見は違うが、まとまりある決断をしなければならない」と話す。
宮本はラインを下げて、セーフティーに戦うことを求めているようだ。ちなみに、この大会ではラインはやや下げ目で、そこからプレスを開始するチームが多かったが、オーストラリア戦のジーコジャパンほどべた引きのチームはほとんどなかった。宮本の意見は間違っていないが、だからといって「下げすぎ」はゴール付近でのプレーを増やし、フィジカルの強いチームと戦うときの危険が増大するものでもある。
攻撃陣の考える守備と、守備陣の求める「ボールを奪う位置」の差・・・。こちらも同じことのようだ。
この日は、数的不利な状況での守備を反復。加地が守備につけない状況で、攻撃を受けたときには、中田英が対応することを確認。そこで加地は「ボールにいかないで、スペースを埋めるようにして」と求めた。
中田英は1対1に強いため、数的不利な状況でも、ボールを奪いにいく傾向がある。だがボールを奪えなければ、決定機を与える危険性が高い。宮本は「ボランチ1人じゃ守れない。出ていかないで!」と訴えた。
また、福西も、このアジアカップ以来の「下がってセーフティーに守る」のやり方に慣れ、そちらを「やりたいサッカー」としている選手だった。最終予選中に、出て行って奪おうとする中田選手と、ピッチの上で意見を交換したということも、大きく報道されていた。もちろん、こういう差があっても、練習中にすり合わせが終わり、試合で連動してプレーできていればいいことではあるのだが・・・。
さて、このいくつかの「やりたいサッカー」の違いは、話し合いによって一致を見たのだろうか?実際に試合を見れば、中田英は前からプレスに走り回り、最終ラインはどんどん後退していき、それはバイタルエリアに空間を生む、という現象が見られた。さらには、小野が途中投入されると「やりたいサッカー」どころか現状認識、チームとしてすべきことまでが混乱し、大きな空間がDFラインの前に出現、そこを利用されてしまったのが、敗因の大きな一つとなった。
■走るサッカーと足元のサッカー
さらに先ほどの記事中のこちらの「やりたいサッカーの差」も興味深い。
中田英に「ワイドに展開したいから大きく開いてくれ」と指示された三都主は「プレースタイルを変えたくない」と反発した。
これは「まず走らなければサッカーは始まらない」と考える中田英らしい要求だと言える。受ける側が走って、その前方のスペースへボールを出すと、受け手はスピードに乗ってプレーができる。そのほうがよりよい攻撃になる、というのが、昔からずーっと中田英が志向するサッカーだ。が、三都主はほぼ停止状態で足元で受けて、自分の間合いで敵を抜いていくことを好む。ここでも「やりたいサッカー」の差が出てきている。
2004年、中田英選手が怪我をし、日本代表から離れている時期があった。その間に日本代表は「カバーを重視する(下がり目の)守備、ショートパスを足元でつなぐボールポゼッション」というサッカーで、アジアカップ優勝や1次予選突破など、いくつかの「結果」を出した。その後中田選手が合流すると、他の選手から「パスを大事にする代表のサッカーをして欲しい」と言われたという(2005年4月Number宮本インタビューより)。
この、「パスを(足元でもいいから)じっくりとしっかりとまわすボールポゼッション」は、中田英が「いない時の」ジーコジャパンの特徴であった。これをじっくりやりながら、敵の隙、弱点を探って行き、それが見えた時にズバッとそこをつく。突けないときは(笑)、「足元サッカー過ぎて点が取れない」状態になってしまうのだが、中田英以外の日本代表選手は、そういうサッカーにそれなりの自信を抱いていたのだろう。
しかし、中田英選手は、「ボールを高い位置で奪い、かつそこからシンプルにスピーディーにゴールへ迫る」というサッカーを信奉する。前線の選手のすばやい動き出しを求め、その前方へのパスを好む。これは代表デビューの頃からそうなのであって、「味方にも厳しいキラーパス」とはずいぶん言われたものである。そしてそれと、それ以外の選手の志向する「じっくりしたボールポゼッション」との間の「違い」が、ピッチの上でも出てしまっていたのだ。どちらが正しいか、どちらが上か、ということではない。ただ、そこに「違い」があったということなのだ。
■複数の「やりたいサッカー」たち
大まかに見てもこれだけの「やりたいサッカー」の差が、選手たちの間にあった。これを話し合いですり合わせていく作業が、W杯前の合宿で行われたわけだ。そして、それがうまく融合したのがドイツ戦であったと言える。ドイツの圧力にいったん引いたDFライン、そこからプレスして徐々にラインを上げて行く。あまり「じっくりのポゼッション」はできなかったが、ドイツ相手にはそれも仕方ないと思えた。敵陣にスペースがあるために中田英のカウンター志向のパスも効いた。いくつかの「やりたいサッカー」が、おそらくは偶々にではあるが、見事に融合していた。
しかし、マルタ戦でそれは覆ってしまう。敵陣にスペースがないために、動き出してその前方で受けるということが難しくなっていく。じゃあじっくりと足元のポゼッションで、とやり始めると中田英やFW陣にはフラストレーションがたまってしまう。そこでの折り合いも説得も効かず、中田英の試合後の爆発につながり、その問題意識はオーストラリア戦での「走れよ!」というようなパスに繋がり、味方を疲弊させてしまう。
もちろん、オーストラリア戦であそこまで引かなければ、あそこまで間延びしたフィールドでなければ、ああいうスペースへのパスでもそれほど疲弊しなくてもすんだかもしれない。しかし、こちらはドイツ戦で逆に「引いてよい」という手ごたえをつかんでしまったDF陣が、思い切りその「やりたいサッカー」を発揮してラインを押し上げなくなった。ここでも二つの「やりたいサッカー」の差が、日本に大きくマイナスに働いた。
そしてまた、「走るサッカー」と「足元のサッカー」が共存していることが、あれほどのパスミスの多さの一つの原因にも繋がっているのだ。パスを受ける相手がどっちの意思でいるか。足元に受けようとしているのか、動こうとしているのか。またその逆もしかり。自分にパスを出そうとしている選手がどちらを考えているのか。その意図が一致していない、「パスミス」というよりも「意思疎通ミス」なのだ。試合でも「そこじゃないよ」とか「走れよ」という顔で両手を広げる選手たちを、何度もなんども見ることができたはずだ。
■やりたい≠やるべき
ジーコ監督が、選手の「自主性」と「自由」に任せてしまった結果が、この「たくさんのやりたいサッカー」と、それによるピッチ上のバラバラであった。ドイツW杯を見ても、多くのチームが統一した意識の元にしっかりとした守備を構築し、また2人、3人と意識の連動した攻撃をしている。それらは「監督がやりたいサッカーを押し付けた、よくないもの」「監督が戦術で縛った、よくないもの」だったのだろうか?そんなことがあるわけがない。「監督が、選手たちのプレーしやすいように、プレーの基準を定めておいた」と考えるべきだろう。実際、決勝トーナメント上位に残るチームは、みなそれができていたではないか。
交通ルールは、みんなが円滑に走れるようにするためのものだ。それぞれが走りたい方法で走って、意図が違ったらいちいち話し合いでルールを作る。そんなことをしていて、スムースに目的地に着ける社会になるだろうか?まったくおかしなことなのだ。そしてそのおかしさが、これまでは何とかごまかせては来ても、最もシビアな戦いであるW杯では噴出してしまったのだ。ある意味、当たり前のことと言えるだろう。
冒頭の言葉に戻ろう。
「戦術で縛るのではなく、選手自身が考え、自分の意思でいろんなケースを打開していく、臨機応変にできるチームを目指す監督を選びたい」
この場合の「選手が考え」というのは、「やりたいサッカーを考える」のではない。選手自身が「今何をするべきか」を考える、ということである。当然そこにはしっかりとした一つの指標がなくてはならない。そして、そうした指標の元で選手が「何をすべきか」考えながらプレーする、そういう能力を伸ばしていく、ということを志向するのは、間違っていない。ただし、ジーコ監督のサッカーはそうではなかった。あの指導方針では、そうはならなかった。そこは間違えてはならない。
それではまた。
12:01 PM [2006総括] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (1) |
July 10, 2006日本は「戦えて」いたか?
上川主審が、「日本は一番戦っていなかった」と発言したようです。
2試合で笛を吹いた上川徹主審(43)と広嶋禎数副審(44)。世界レベルの戦いを直接目にする2人は、日本代表について「(出場チームで)一番、戦っていなかった」と辛口に評価した。
上川主審は「強いチームは汗をかいている」ときっぱり。日本は、地道にボールを追い掛ける泥臭い部分が欠けていると、映った。広嶋副審は「相手ボールにプレスをかけることをさぼったら、幾ら技術のある選手がいても勝てない」と指摘した。
これは私も非常に同感です。今回のW杯で私たちがなんともガッカリしてしまったのは、日本代表からそういう「戦う姿勢」があまりにも見られなかったことが大きいのではないでしょうか。
この記事では二人の主審は「汗をかく」「プレスをさぼらずにかける」ということを「戦う」ことの定義(の一部)としているようですが、私はそれらに加えて「からだを張る」ということもあるように思います。そして、「戦っている」試合ではそれはやはり我々の眼にも見えてくる。「魂」の感じられる試合になってくる。
例えば、ドイツW杯イングランドvsポルトガル戦でも、恐ろしいほど必死にプレスをかけ、身体をブチあてて行き、シュートモーションに入った敵の足元に自分の身を省みずに飛び込んで行き、ラインから出そうになるボールを必死に追っていく、そんな選手の姿を見ることができます。あれほどの有名選手、能力の高い選手たちなのに、そのときの彼らは「勝つためには己などどうなってもよい」というような姿勢を見せている。「ああ、彼らは本当に『戦っている』んだな」と、理屈抜きに思えます。
■植民地の外国人(笑)?
ここで一つ、興味深い記事がありました。今回のワールドカップ後の、サッカーマガジン元編集長千野圭一氏のコラムです。「ジーコの失敗と本質を分析し、正しく次に繋げなければ進歩はない」タイトルには誰もが共感すると思うのですが、中の記事にはあまりジーコの失敗や本質の分析はなく、ちょっと「看板に偽りあり」になってしまっていますね(笑)。
この中に、今回の件と関連すると思われる記述があるのです。
トルシエ監督は、選手たちを遠隔操作のロボットのように扱った。練習でうまくいかないと、映像では選手の胸をつかんだり、小突いたり、時には頭を叩いたりすることもあった。まるで優越感に浸る欧州人が、植民地の奴隷に接するように横柄な態度で選手たちに接したのには感情的ではあったが、腹が立った。
「ロボットなのかどうか」とか、「植民地のようなのかどうか」という点は、千野氏の主観的な部分だからどうでもいいのですが(笑)、この中の「映像では選手の胸をつかんだり、小突いたり、時には頭を叩いたり」というのは、確かにトルシェ監督がよくやっていたことでしょう。しかし、それは彼が単に横柄だったり、優越感に浸る欧州人が、植民地の奴隷に接するような気持ちだったりするから、行っていたことなのでしょうか?
田村修一氏の「トルシエ革命」の中で、トルシェ監督自身がその指導について語っていました。
私の指導方法は他の監督とは少し変わっている。選手には常に100パーセントを要求し、集中力やモチベーションを欠く選手にはときに非常にアグレッシブになる。サッカーはプレーであると同時に戦いでもあることを、彼らに常に意識させたいからだ。戦う気持ちをもてない選手は、私のチームにはいらない。
トルシェ監督は、そうすることで選手たちに「戦う姿勢」を植えつけることができると考えて、そのような指導を行っていたようです。確かに、いわゆる「練習でできないことは試合でもできない」と考えると、練習から100%ファイトする、全力を尽くす、練習から「戦う」ことが、必要なのかもしれません。そしてトルシェ監督はそれを、自らも態度で示し、強く要求しました。さて、それは奏功したのでしょうか。
■岡野元会長と財徳さん
2000年6月19日、あの解任狂躁曲を廃し、岡野会長(当時)がトルシェ監督の続投を決めた時、記者に「トルシェ監督のどこを評価したのか」と聞かれた岡野会長は、次のように答えています(当時のJFAニュースより)。
答:戦う意思を選手に植え付けてくれたこと。環境の変化に対応できる力を付けてくれたこと。そして、厳しさを日本代表チームに植え付けてくれたことを評価しています。
ここでも「戦う意思」ということがあげられています。実際、2002年の試合を見直すと、多くの選手が身体を張り、走り回り、倒されそうになりながらも最後の瞬間まで足を出し、ボールに、敵に食らいついていく姿を見ることができます。これはもちろん主観になるのですが、少なくとも私と岡野元会長とに共通する見方として、当時の日本代表チームは「戦う姿勢」のあるチームだった、ということが言えると思います。
ではそれはどのように培われたものなのでしょうか。こちらに、財徳賢健治さんの2001年の終わりごろの興味深いインタビューがあります。ちょっと長くなりますが引用します。
財徳 指導するときに、本当に小さいことまで言うでしょ。外国人の当たりはこんなに強いんだぞと、体をぶつけたり、手をひっぱったり、ときには胸ぐらをつかまえたりね。そんなことをした監督はいままでいなかったでしょ。最初は選手も「なんなんだ」と思っただろうけど、実際の試合に生かされているよね。やはり、自分の意志をはっきり伝えた成果だと思います。(略)
財徳 デットマール・クラマーさんが、「ドイツ人にゲルマン魂があるように、日本人にも大和魂がある」と言っていたのと同じようなことですよね。戦うにはそれが必要なんだということを、気づかせてくれた。「根性」て言葉を使うと、みんな拒否反応を起こすでしょ。私は大好きなんだけどね。ファイティング・スピリットって言えばいいの? ちょっと違うんだよね。魂なんだよ。
どうでしょうか。この大会で日本代表が忘れていたことが、ここには凝縮されているように思わないでしょうか。続きも引用しておきます。
-- (2001年当時の代表は)魂という点ではどうですか。いまの若者はそれを表に出すことを良しとしないのではないですか。
財徳 (略)魂を前面に出すチームじゃなきゃ勝てないって。そういう意味じゃ、代表として2001年最後の試合だったイタリア戦は立派だった。(略)
財徳 ぶつかって倒れた後、相手をかーっとにらみ返してたでしょう。あのにらみ返す目だよ。あれをもっていなきゃだめ。にらみ返して、あとはすーっと我に返る。(略)国際試合ではメンタル面でもタフな戦いを要求されているんだ。選手個々の局面でね。この間のイタリア戦では、こういうところがいちばん好きだった。後半、がんがんやり返されていたけど、全然ひるんでなかった。そこがよかった。
ここで言われている、「ぶつかって倒れた後、相手をかーっとにらみ返してたでしょう。あのにらみ返す目だよ。あれをもっていなきゃだめ。にらみ返して、あとはすーっと我に返る」この風景は、確かに2002年W杯のピッチ上でも見られましたね。ひたむきに全力を尽くす、倒れそうになっても走る、最後までカラダを張る、ということの他にも、メンタル面で相手に負けないということ、そしてそれを「表に出す」ということ、それも2002年には日本が手にしていた「戦う姿勢」の一つなのだとわかります。
■ドイツではどうだったのか?
2006年の日本代表が「戦っていたか、いなかったか」。これは最終的には個人の主観によるものです。すごく戦っていたと考える方もいるでしょう。また、戦えていなかったとして、その原因が何であるのかも、もっと選手の談話など、情報が増えてこないとわからないところです。ただ一つだけ言えるのは、サッカーマガジンの千野さんのコラムにあるトルシェ元監督の練習中の態度には、きちんと日本代表強化のための意図があるということ。そしてそれがある程度効果をあげていて、それがゆえに2002年の結果がある、ということです。
秋田 豊 今日のミニゲームはリラックスしていた。ここ何年か試合前日にこれほどリラックスしたことはなかった。
これはジーコ監督就任直後の練習についての、秋田の談話です。その時から3年半、練習中の雰囲気については「和気あいあい」「楽しそう」「笑顔があふれる」などということが多くもれ聞こえてきました。私はそのやり方をすべて否定するものではありません。選手を「大人扱い」するジーコ監督は、リラックスした中でもそういう「戦う姿勢」を「自分から、自然に」出せる選手を選んだつもりだったでしょうし、それを練習や指導で引き出すつもりはなかったのでしょう(そのためのメソッドの引き出しもほとんどなかったとは思いますが)。ただ、それであれば最後に「爆発」したのはどういうことなのか・・・。
さて、「選手が自分でメンタル面を管理できるように自立を促した」「選手が自分で戦う集団になれるように、自立を促した」はずの、ジーコ監督のやり方の、その結果は?日本の選手は戦えていたのか、いなかったのか?そういう視点で私はもう一度、「もう二度と見たくない」あの3試合のビデオを、見直してみたいと思います。
それではまた。
06:30 AM [2006総括] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0) |
July 02, 2006ジーコジャパンはなぜ敗れたのか?
ひとことで言えるようなものではないが、私は次の2点に集約されると思う。
A)ジーコ監督のチーム・マネジメント能力の問題
B)ジーコ監督が自他の戦力を見誤っていた問題
A)に関しては、これまでも各所で繰り返し指摘されてきたことでもある。さかのぼれば、2003コンフェデ杯終了後の「ジーコ監督評価」において、
ジーコ監督のチーム・マネージメント能力に問題がある。監督を交代することが望ましい
と私も書いている。またその後のドイツW杯1次予選オマーン戦(2004年2月)前には、「東アジア選手権後のジーコ監督評価」においても、その評価は変わらない、と考えていた。
日本代表監督に就任以前のジーコ氏のプロの監督としてのキャリアは非常に浅い。ほぼ監督未経験者と言ってよいだろう。さらには専門教育を受けてきたわけでもない。サッカーの代表監督が、どのようにしてチームを作り、運営し、試合のための、大会のための準備をし、モチベーション・コントロールをしなくてはいけないのか、「やったことがない」のだ。日本代表をつぶさに見ていけば、未経験者のジーコ監督のその「チーム・マネジメント」の能力が低いことは、誰にもわかることだっただろう。これまでもたびたび指摘されてきたそれが、緊張の極度に高まるW杯本大会で、最悪の形で出てしまったのだ。それがもっとも大きな敗因だ、と言わざるを得ない。
かつてこれが、非常に悪い形で出たのがアジア1次予選初戦のオマーン戦であったと思う。ロスタイムに久保の足元に偶然転がったボールでゴールができたものの、ほぼ引き分けに近いほど苦しんだその試合の苦戦の原因を、当時私は次のようにあげていた。
1)コンディション調整の失敗
2)選手のコンディションを軽視した、強引な選手起用
3)コンディションを軽視せざるを得ない、薄い選手層
4)戦術を浸透させることではなく、選手間の話し合いに依存する強化法
5)モチベーション・コントロールの失敗
いかがだろうか、まるで「今回のW杯の敗北の原因を見た後に書いている」ようだと思われないだろうか。これらにより、1次予選初戦のオマーン戦や次のシンガポール戦に苦戦をしたのだが、これらの失敗をした監督が反省し、改善しようとしない限り、失敗の再現可能性が高いことは容易に想像がつく。まさに今回それ-ジーコ監督のチーム・マネジメント能力の低さ-が噴出し、「敗北」をしてしまったのだ。
1)コンディション調整の失敗
ジーコ監督率いるチームの、フィジカルコンディション作りの能力はこれまでも疑問が投げかけられてきた。オマーン戦の、合宿でコンディションを作ったはずの国内組選手が動けなかったこともそうだし、シンガポール戦での「サウナでの暑熱馴化」による後半の完全なガス欠も忘れられない。それのみならず、ドイツW杯ではなんと「W杯は7試合を戦う計算で体を準備した」という。ドイツに渡ってからも2部練習を行い、疲労が蓄積していた。
初戦のオーストラリア戦では、ご存知のとおりピッチ上は非常な暑さに見舞われた。これまでの大会では、日本は暑さに強く、終盤走れている日本が勝利をもぎ取ることがままあった。しかし、この試合では、日本選手の足が止まってしまっていた。それが終盤に多くのシュートを浴び、逆転される一因になったことは間違いないだろう。
日本とオーストラリアの違いは何だったか? フィットネスだよ。フィジカルじゃなくて、フィットネス。僕たちは3週間完璧に準備してきたから、最後まで走れた。それに対して、日本はバテバテだったね。
その他の試合でも、中田英選手の求めた「RUN!RUN!RUN!」は実現できなかった。日本のよさを出すパスサッカーには、全員が動くことが不可欠である。大会全体の日本の不調は、「コンディション調整の失敗」に多くの原因がある。それは、「チーム・ジーコ」の責任であることは論を待たないだろう。
2)選手のコンディションを軽視した強引な選手起用
ジーコ監督は、オマーン戦でも、ドイツW杯でも、風邪を引き39度の熱があった/ある選手を先発させている。私にはまったく理解できないことだ。試合を見ればだれにも一目瞭然、熱があれば動けなく、その持てる技術を決定的な局面で発揮することはできない。あたりまえのことだ。また、長い怪我から回復したばかりで試合勘がいまひとつの選手、所属チームで1シーズンあまり試合に出ていない選手などの強行起用も、どちらの試合でも共通することだ。
これは「ジーコ監督が選手の中に『序列』を決めているから起こること」だとは、この4年で私たちにもよく理解されてきたことである。ジーコ監督は「熱のある『クラッキ(名手)』のほうが、平熱の普通の選手よりも上だ」という信念を持っているのだろう。私はそれを全面的には否定しない。この4年でその信念が日本を勝たせてきたこともあると思う。しかし緊張が極端に高まり、敵のレベルも上がり、敵もこちらをしっかりと研究してくるこのW杯では、それは発揮できなかった。
コンディション調整の失敗のみならず、動けるわけがない選手をも強引に投入する。それでは日本らしいパスサッカーができるわけがないではないか。
3)コンディションを軽視せざるをえない薄い選手層
4)戦術を浸透させることではなく、選手間の話し合いに依存する強化法
「薄い」と言うのは正確ではないだろう。しかし、では仮に熱のある中村俊輔選手を外すとして、そこに誰を入れるか想像がつくだろうか?同じポジションの選手としては小笠原がいる。彼も非常によい、日本を代表するMFであることは疑いをいれないが、初戦オーストラリア戦、3-5-2の一人のトップ下に彼が入って戦うことを、私は想像できない。実際はそうせざるを得ないだろうが、そうすると、これまでの合宿での話し合いで作られた約束事は継承されず、またかなり戻ったところから始めなくてはならなかっただろう。
これは選手層というよりも、4)の「戦術を浸透させることではなく、選手間の話し合いに依存する強化法」によるものだ。話し合いでできた約束事のうち、サブの選手にまで浸透しているものは少ない。練習でもレギュラーとサブは明確に区別され、話し合いにも入らなかったようだ。そうなると、他の選手を出したときに、茂庭のように「DFラインの上げ下げとか、どうしていいのか分からなかった」という選手が出てしまうのだ。チーム作りに4年をかけていながら、現状では「誰が出ても大丈夫」とは言えない状態だったのだ。
駒野にしても、オーストラリア戦の小野にしても、ブラジル戦で途中から投入された中田浩二選手にしてもそうだろう。小野に関しては後で詳述するが、中田浩は、ずいぶんと自分の位置取りに苦慮していたように見えた。この強化法は、「途中で投入される選手は、周りと合わせた経験が少ない」ということにつながる。それは当然のことだ。途中投入選手は「レギュラー組」で練習していないのだから。レベルの高い試合ではそこが問題になった。
強化の開始時点ではレギュラー同士での話し合いに手一杯で、それができると今度は、話し合いの約束事を理解している選手が限定され、選手を代え難くなる。「誰が出てもある程度は機能するように戦術が浸透し、コンディションしだいで起用する」ということは、まったくできなかった。ジーコ監督の中の「序列」以外にも、コンディションを軽視して選手を出さざるを得ない理由はあったわけだ。そしてそれが、試合内容の低調さにつながっていく。
○途中投入選手の非充実
関連して、この大会で残念だったのが、途中投入選手があまり機能しなかったことである。「リードされたときに投入して1点を奪いにいく選手(ジョーカー)」と、「リードしたときに投入して、逃げ切るための選手(クローザー)」。どちらのケースも想定して、必要な選手の選定を済ませ(それもできれば複数のタイプ)、親善試合の同じようなケースで投入して効果を試しておく。それが大会へ臨むチーム・マネジメントとして当然必要なことだ。
ジーコ監督はジョーカーとしては、アジア最終予選で途中投入し得点を挙げた大黒を主として考えていたようだ。もう一つは、試合途中での3バックか4バックへの変更だろう。確かにこれまで、何度か機能してきたやりかたではある。ただ、この大会ではどちらもあまり機能しなかった。大黒の調子もあるが、最近の合宿でレギュラーチームと大黒がどこまであわせることができていたのか、疑問が残る。
より深刻な問題は「クローザー」のほうだろう。オーストラリア戦では1点リードの局面での小野の投入により、攻めるのか、守るのかがあいまいになり、敗れた。ただしこれは、守備的な選手を入れてのいわゆる「守備固め」をするべきだった、ということではない。もちろんそうしてもいいが、それだけではない。試合終盤を締めるやり方がいろいろあるのは、ワールドカップドイツ大会を見ていればわかるだろう。
オーストラリア戦を例に取れば、あの試合終盤に「今野」をボランチの位置に入れれば効果は劇的だっただろう。あるいは、フレッシュなFWや走れるMFを入れて「ロングボールの出どころつぶし」「前線でのボールキープ」を行うか。巻はまさにそれにうってつけの人材だったのだが・・・。準々決勝でブラジル代表に1点リードしたフランスは、MFとFWを3人入れ替えた。2002年のロシア戦ではゴン中山が投入され、最前線でプレッシャーをかけまくった。別に特筆すべき采配というわけではない。セオリーなのだ。
ジーコ監督は、「ジョーカー」としては大黒に信頼を寄せていたようだが、「クローザー」のほうは充実させようという考え方自体を持っていなかったように見える。それは哲学なのかもしれないが、この大会ではそこがクローズアップされ、結果につながってしまった。途中投入について、もっと多岐に考え、準備しておくことが必要だったと言えるだろう。
5)モチベーション・コントロールの失敗
すでに各所で明らかにされつつあるが、このチームは本当に「戦う集団」になっていたのかどうか。オマーン戦の時から指摘しているように、ジーコ監督の「チーム内にヒエラルキーを作る」「一部選手に重過ぎる信頼を置く」というやり方は、チームのモチベーション・コントロールにとっては下策である。サブが腐る、ということだけではなく、レギュラーに固定された選手たちも「下手なことをして外されるのは馬鹿」だと感じ、チャレンジしなくなってしまう。
チーム内部のことはわれわれサポーターにはうかがい知れないことであるので、あまりここを声高に責めても仕方がないことではあり、これからまた各種報道でそれが明らかにされることを待つしかない。現在明らかにされているところでは、中田英選手の発案による決起集会、そこでの寄せ書きには16人分の署名しかなかったと言う。チーム内の亀裂を想像させるエピソードだ。
私は基本的には中田英選手が好きなのだが、この問題に関しては「中田が正しく、他が間違っている」というつもりはない。やはり中田は言い方がきつすぎるし、他の選手にしても「なぜ同じ選手にここまで言われなければならないのか」と感じることもあっただろう。かといって中田が悪いと言うわけでもない。この問題はジーコ監督の「一部選手に重過ぎる信頼を置く」ことから発生しているからだ。
また、中田選手を重用するならば、彼が他の選手に溶け込みやすいように、チームのメンタル環境を用意しておくこともできた。思い起こせば2002年には、松田選手や森岡選手など、中田に対してものを言える選手も多くいたうえに、トルシェ監督は直前にゴン中山選手や秋田選手を呼んでいる。当時は「ベンチの盛り上げ要員など不要」と言われたが、この大会を見ると「盛り上げ要員」などではなく、チームのメンタルの重心として、まさに彼らが必要だったのだ、と理解されるのではないか。
ジーコジャパンで言えば、予選の途中でまとめ役を買って出ていたのは年長の藤田や三浦アツだったと伝え聞く。彼らは所属チームでの調子もあるが、結局本大会の23人には選ばれなかった。ジーコ監督は、そういう「チームのメンタル的な側面」を理解、重視して選手選考を行ったようには見えない。妙に年齢の近い、タイプの近い選手が集まってしまった。結果として、チームは一つにならず、あの一人倒れ涙する中田英選手の姿、そこに宮本しか歩み寄らないチームの姿に繋がって行く(ように見える)。
■「家族」はどこへ行った
私は、ジーコ監督の「選手にヒエラルキーをつくり『家族』としていくチーム・マネジメント」にも、いいところがあると思ってきた。選手が「そこまで信頼してくれるのなら」と力を発揮したり、「家族としてのまとまり」が、危機に際してモチベーションをあげる役割を果たし、それが試合終盤での粘り、ロスタイムのゴールなどに繋がっている可能性もあると思ってきた。アジアカップをとれたのはそのためだと思ってきた。
しかし、残念ながらこの大会ではそれは発揮されなかった。この大会でのジーコ監督のモチベーション・コントロールは失敗した、と言うしかない。それが敗因の中で、どれだけのウェイトを占めるかはわからない。ただ、ドイツW杯のほかの試合を見ていると、選手の「闘う姿勢」において、日本代表は負けていると感じられてならない(これは個人的な感想であるが)。ブラジルに試合で負けるのは、ある意味仕方がないことだ。しかし、最後まで全力を尽くして喰らいついていった、からだを張って、魂の限り闘った。はたしてブラジル戦は、そういう負けだっただろうか?
そういう姿が、ドイツW杯という本番の舞台で見られなかったこと。それが日本中にこれほどの脱力を起こしている理由なのではないか、と思う。残念だ。残念で仕方がない。
B)については項をあらためます。それではまた。
05:43 PM [2006総括] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (1) |