« クラブW杯、開催国枠認められず | トップページ | 「オフ・ザ・ボール」というメッセージ »


April 11, 2006

サッカーの見方、考え方

V6010186もう時機を逸した感があるので、エクアドル戦についてはちょっとお休みして別の話題です。こんなタイトルだけど、みなさまに「サッカーはこう見ろ」なんてことを押しつけようなどという、おこがましい考えではないですよ、念のため(笑)。

最近、いろいろとサッカー界でも意見が割れていることが多いですね。ここしばらく考えていたのですが、その一つの原因として、それぞれの人の「サッカー観」の相違が横たわっているのではないかな、と思えてきました。ここではそれについて徒然にお話しようかと思います。

いきなり結論から申しますと、私はサッカーとは「コミュニケーション・ゲーム」だと思っています。もちろん、サッカーのみならずスポーツはどれでも、いやいや人生そのものにおいても、コミュニケーションは非常に重要ですね。そしてその中でも、攻守の時間帯が分かれておらず、11人の選手が非常に流動的に動く(動ける、動かざるをえない)サッカーという競技においては、それこそが生命線、競技としての意味を決めるものではないか、とさえ思うのです。

そういう私にとって、サッカーを見ていてもっとも楽しく、気持ちがいいのは、複数の選手の意図がキレイに連動し、それによって意表を突かれるようなプレーを見ることができたときです。そういう時には、あれよあれよと、こちらの見る目が追いつかないほど選手が連動していき、「なぜそこに出す!?」「なぜそこに居る!?」というプレーが見られたりしますね。私はそういうサッカーを見たときに「美しいなあ」と思うのです。

盟友の発汗さんが「額に入れて飾っておきたくなるような試合」と評した昨年のJ1リーグ第29節、シャムスカ監督率いる大分トリニータvsオシム監督率いるジェフ千葉という一戦には、まさに、「コミュニケーション・ゲーム」としてのサッカーの魅力が満載でした。双方ともに11人が一瞬たりとも休まずに、お互いの間に意図を通じ合わせようと考え続け、動き続け、走り続けている、そういう試合でした。本当にいい試合だったなあと、今でも思います。

こういう見方をする人にとっては、「しっかりと意思の連動した守備組織」というのも、見る快楽になりえます。この試合では両チームともに、全員が連動して高い位置でボールを奪おうという意思統一、それも、その時のフィジカル・コンタクトにいく激しさ、その覚悟まで統一されたような、素晴らしいそれを見せていました。さらに、奪えば全員がパスコースをつくりに散り、動き出し、走りこんで行って・・・そしてボールがその動き回る11人の意思をつむぐように動いていく・・・。実に私好みのサッカーがフィールドの上に90分間展開され、私はすっかり魅了されてしまいました。

さて、興味深いことに、こういうサッカーは各国リーグの中位クラスのチームに良く見られるように思います。考えてみれば、上位チームは(一般的には)大金を持ち、個人の能力の高い選手たちを集めることができる。そうすると、11人が連動していなくても勝ててしまうことがあります。よくいう「戦術は○○選手」という状態ですね。中位以下のチームは、選手個々の能力では劣るところを、力を合わせて、知恵と工夫で何とかしていかなくてはならない。そこにコミュニケーション・ゲームとしての魅力が膨らんでいく理由があるのでしょう。

しかし、世の中には別のサッカーの見方もあります。それはおそらくはサッカーを「テクニック・ゲーム」としてとらえる見方です。一人ひとりがどんなテクニックを披露するか、どんなファンタジーを見せてくれるか、という点でサッカーを楽しむものです。これはこれで実に正しい。私も欧州リーグを見るときはこちらの視点になることも多いです。「なんであんなことをできるんだ?」「ここでそういう発想か!」

私の友人は、先述の大分vs千葉の試合を「そんなにおもしろかったか?」という意見を持っていました。彼はまさに、「個人のファンタジー」によってサッカーを見るタイプの観戦者でした。「だって、そんなにすごいプレーはなかったぜ?」というのです。彼に言わせると、Jリーグではエメルソン以降「すごいプレー」をする選手は影を潜めており、ほとんど見る気がしないそうです(笑)。

さて、この差は、どちらが上とも下とも言うことではなく、単に「サッカー観の相違」ということになるのでしょう。さらに言えば、どちらかの見方しかしないファンは少なく、たいていの人がこの両者の見方のミックスをしており、どちらを重視するかという、バランスの違いだけが差を作り出している、ということなのだろうと思います。どっちが正しい、どっちが間違いということではまったくない。

ただ、繰り返しますが私は「コミュニケーション・ゲーム」としてのサッカーを好み、楽しみます。もっと言えば、個人能力の秀でた強豪を、われらが知恵と勇気と連動性で打ち倒した時、そこに非常な喜びを感じます。フェラーリのようなサッカーではなく、ホンダS600のようなサッカーを。一部のセレブリティのためのスーパースポーツカーではなく、日本の技術者たちが汗と努力で作り上げた、世界で「時計のように精密かつ美しい」と言われたライトウェイトスポーツが、私は好きです。そういうサッカーを、日本では見たいと思っています。もちろんそれは私個人の見方であり、そうではない見方も尊重しますけどね。

さて、願わくは日本代表にも、そういう自分たちの特質を生かした、連動性の高いサッカーをして欲しいのですが・・・。

そうそう、掲示板の方に「現日本代表の連動性」についてのご質問がありましたので、私なりの返答を書き込ませていただきました。こちらに対する補足にもなっていると思いますので、よろしければあわせてごらんいただけると分かりやすいかと思います。

それではまた。

02:55 PM [サッカー] | 固定リンク

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/21259/9535448

この記事へのトラックバック一覧です: サッカーの見方、考え方:

» ドイツへの道は遥か遠く果てしなく(ワールドカップ観戦ツアーについて) from 関東佐藤組
 ワールドカップ開幕まで、いよいよ2ヶ月を切りましたね。期間中に写真など撮って、後でここにupできたらと思っています。  まずは前哨戦というか、そんな内容です。以前、解決されない疑問点があったと書きましたが、中国からチケットを買っているという、旅行会社についてです。  この中に出てくる知人のY氏が、やっぱりドイツに行きたいと言っているんですが、結局未定のようです。Z社も追加募集するということだったのですが、まだみたいで、待ってる状況です。  ちなみに、ここで書いた内容(このエントリーのタイトル... 続きを読む

受信: Apr 19, 2006 3:19:31 PM

» どうも自分のサッカー観は変わっているらしい。 from N研究員の研究ノート
先日ラーメン屋で「エル・ゴラッソ」を読みながら食事をしていたら、別の席のお客さんが、 「Jリーグなんてダメだよ」的な話をしていた。曰く、世界的にはレベルが低いし、日本代表の主力もすぐ海外移籍しちゃうし、観てるファンも一部のマニアだよねという、まあよくある話だ。 さすがに見てたものがものだったので非常に気まずい思いであったが、そういう主張もわからなくはない。かつてのように世界的な有名選手がいるわけでもないし(日本と韓国を除いたら2006年W杯に出る選手はいるのだろうか?ちなみに前回はミリノビッチ(... 続きを読む

受信: Apr 20, 2006 10:12:42 PM

» Normal Angle Fuck Off from Worsd Wide Web
最高だ、フローラン・ダバディ。コナミのWE8LEの大会に参加したダバディ氏、その大会でのルール「ノーマル遠」視点に憤り、サッカーファンならワイドだろが、と自身のブログで吼えまくっている(怒りに我を忘れるあまり、8LEを9と書き間違えているが)。 worsdcupでは、120%ダバディ氏支持の姿勢を打ち出すとともに、引き続きワイド普及運動を進めていきたい。以下、心より賛同できる素晴らしい記述をいくつか抜粋。 「ゲームという世界より、サッカーを本当に愛している皆さんは画面「ワイド」でやっています... 続きを読む

受信: Apr 30, 2006 11:51:29 AM

コメント

コメントはBBSの方へお願いします。