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October 11, 2005

ラトビア戦ヒデインタビュー

さて、ラトビア戦の試合自体はまだまだ見たいところもあるのだけど、もう一つ話題は中田英寿選手の試合後のインタビューでしょう。サッカーのある幸せでエルゲラさんがまとめてくださっているのでご参照ください(ページの下の方です)。

私も見ていましたが、中田選手の表情、言い方、それを読めないインタビュアーの拙さなどに思わず「あちゃー」と顔を覆ってしまいました(笑)。中田選手の言い方も社会人としてはいかがなものかと私なんかは思うのですが、あのインタビューでは無理もない。そう思っていたら、中田選手に対して「いかがなものか」メールを送った方もたくさんいらっしゃるようです。彼自身が自分のページでそれに触れて、ある意味反論しています。

中田選手の言っていることはもっともだと思います(ただ、もう一度言いますが「態度」においてはもう少し何とかなんないの?と私も思います)。日本のインタビュアーは、特にこういう場所での短時間のインタビューでは、ちょっと困った質問をすることが多いのも事実ですね。エルゲラさんのまとめを引用しながら(エルゲラさんありがとうございます)、どこが問題だったのかを少し読み解いて見ましょう。


■インタビュアーが言いたいことを言うスタイル

インタビュアー:「何か、ワールドカップ本番を思わせるような緊迫した雰囲気になりましたが、結果2対2でした(マイクを向ける)」

ここですでに、中田選手の言う「相手がきちんと考えて質問をしていなかったり、自分が聞きたい答えを導き出すためだけの質問」になっているのではないか。私は「ああ、不機嫌なヒデにこういう聞き方をするとなあ」と思いながら見ていた(笑)。

まず、「何か、ワールドカップ本番を思わせるような緊迫した雰囲気になりました」というのは記者の感想であって、中田の意見ではない。本当に中田選手の考えを聞きたいのなら、それを言う必要はない。邪推(笑)すれば、テレビ朝日の設定した「決意のヨーロッパ遠征」と同様、「この試合は意義があるんだ!!!」とテレビ朝日が強調したいだけにも聞こえる文言だ。

さらには「結果2対2でした」というのは質問になっていない。これこそ「で?」と聞きたくなるような投げかけだ。「そうですね」としか応えてもらえなくても仕方がないようなものだ。にもかかわらず、日本のインタビュアーは良くこれをやる。この部分がヒデメールでも「どう答えれば良いんだろう?」と言われているところだろう。

この一連の質問は、重要なのは前半であって、それが言いたいだけのものだったのではないか。どう答えるか迷うような、どう答えてもいいような質問は、それよりも質問に先立つ「インタビュアーの言いたいこと」を出したいだけの、商売のための考えから出たのではないか。

私はここで中田選手が「で?」というのではないかと冷や冷やした。しかし、中田選手は大人の対応(笑)を取る。どうこたえてもいい質問を、それなりに酌んで答えてあげたのだ。

質問は「2対2の結果でしたが、先制できていただけに残念です。追いつかれたのはなぜだと思いますか」ということですよね?

と脳内補足してあげ、

中田英選手:「いやまあ、やっぱり前半で取れるうちに得点を取らなくって、それがやっぱりこの結果につながったと思います」

という答えだ。私は「ちょっと偉いな」と思ったくらいである(笑)。


■対話になっていないインタビュー

しかし、この流れに潜む「中田選手が『仕方ないな』と思いながら補足して答えた」という部分にインタビュアーは気づかず、すでに今答えたことに対する質問(になっていない質問)を繰り返した。

イ:「前半かなり攻撃的にいい形もできていたと思うのですが」

これも「いい形もできていた」というのは記者の感想であって、それをただ投げかけられても困ってしまう。大体その前に「やっぱり前半で取れるうちに得点を取らなくって」とヒデが言っているのは、「いい形もできていたけど取れなかった」ということであって、この質問はただそれと同じことを言っているだけなのだ。この時の中田選手の「何言ってるのこの人?」という表情は、「今の、直前の答えを聞いていなかったの?」という戸惑いだったのだと思う。

この記者は「勉強していない」記者かどうかは分からない。サッカーに詳しいかどうかはこのインタビューからは不明だ。それよりも、むしろ用意してきたこと(ある意味勉強してきたこと)を愚直に言っただけなのではないだろうか。最初に「重要な試合だった」とヒデに言わせ(ないし自分が言ってしまい)、次に「前半の攻撃は良かった」とヒデに言わせ(ないし自分が言ってしまい)、最後に課題にふれて絞める、という風に、自分の中でストーリーができていたのだろう。

最初の質問でヒデがそれを「言ってしまったこと」がわからなかった。自分の目の前で言われたのにもかかわらずである。極端に言えば彼はヒデと「コミュニケーション」をとろうと思っていない。対話しようと思っていない。ただ自分の考えた流れどおりに何か言ってくれればいい、としか思っていないだろう。だからヒデの言ったことをきちんと理解しようとさえしないのだ。そこが中田選手には非常に不可解に映ったのだろう。

で、ヒデのあれがでてしまう(笑)。

中:「……はい、で、何でしょうか(笑)」

これに対し記者は、前の質問で省略した部分を言い直す。しかしそれも、最初に言ったことに屋上屋を重ねることにしかならなかった。

イ:「イメージ通りの攻撃というのは、随所にできていたと思われますか」

中:「まあ、前半は特に早いパスまわしからいい形ができたところまでは良かったんですけれども、まあそん中で決定力不足って言うのが、まだあいかわらずの課題としてやっぱり残ってるし、その結果が後半相手に勢いを与えたんじゃないかと思います」

やはり「イメージどおりの攻撃が随所にできていた」と言って欲しかったのだろうね。しかし中田選手は(さっきも言ったことだけど)と言いたげな顔をしながら、最初の答えを詳しく言いなおしただけだった。ここまで質問を重ねながら、話がまったく進展していないのもインタビュアー、中田選手ともにある意味すごい(笑)。


■そこまで意地悪せんでも(笑)

インタビューは守備面に移る。

イ:「随所にこうDFラインに下がって何かコミニケーションをとられてましたが、守備の面での課題、修正点というのは何かありましたか」

これも、「随所にこうDFラインに下がって何かコミニケーションをとられてました」ということが言いたかったんだろうね。でもそれを言ったんなら「そこで伝えられていたこと(のなかで一番重要なこと)はなんでしょうか?」と聞けばいいのに。

中:「多々…」

これはちょっと中田選手、意地悪だなと思う(笑)。ヒデメールでも「課題を挙げ始めたらきりがない」と言っているけれども、その中でも自分で重要と考える2、3個を話してあげることは難しいことじゃないだろう。この時点で相当不機嫌になっていたようで、でもそれを出さずにインタビューに答えることもできたんじゃないか。何よりもインタビューを聞いているファンのみんなも(というか私も)、「ヒデの考える課題の重要なポイント」は聞きたいと思っていたよ!

イ:「それは…今後…次のウクライナ戦に、持ち越しということですか」

残念、ここで「中で一番重要なものはどれだと思われますか」と聞けばよかったのにね。というか、次からはそう聞こう!(笑)


■もう局の都合の押し付けはやめよう

こういうTVでのインタビューは、時間内で終わることもインタビュアーに要求されることだろうと思う。そういう意味ではエルゲラさんが書かれているようなまっとうな質問は、選手もしっかり考えて答えなくてはならないし、答えも長くなりそうだ。そんなことを話されるよりも、記者が自分で考えたことを言ってしまい、選手には「そうですね」ぐらいにとどめてもらうほうが、時間が短縮できていいのだろう。

中村選手なんかはどんな質問にもしっかり考えて言葉を選んで話すので、大体放送時間をオーバーする。そうすると私たちは文句を言うのだ(笑)。今回は記者もそれを避けようとしたのかもしれない。しかし、それも放送局の都合である。角沢アナが「決意のヨーロッパ遠征」と繰り返すのと同じだ。

そこにあるのは「本当はどうでもいいサッカーを、俺たちが放送のテクニックで盛り上げて視聴率を取ってやるぜ!」というような姿勢ではないか。スタッフにサッカーを本当に好きな人はいるのだろうか?いるのなら、もうみんながそういう中継には飽き飽きしているのだということを、見つめなおしてもらえないだろうか?無理やりな煽りや盛り上げはいらない、ただピッチの上の真実を伝えてくれ。質問も、選手の考えをきちんと聞きだすことを考えてくれ。それが回りまわって、一番サッカーの魅力を伝え、ファンを増やし、あなたたち向けに言えば視聴率を取れるようにすることにつながるのだから。

最後に、でもヒデ、もう少し酌んで話してやってもバチは当たらないと思うよ(笑)。今度は「一番の課題は?」とか「一番の収穫は?」と聞かれると思うので、そこは答えてほしいな。

それではまた。

09:44 PM [メディア] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (9) |

October 10, 2005

収穫と課題と「献身」と

いやー、ちょっと悔しかったですね、ラトビア戦。2点先制しているだけに、試合運びによっては十分勝てた試合でしょう。しかしまあ、ジーコ監督もいうようにこれは「課題を見つけ、解決するための強化試合」なのですから、課題が見えたことはむしろよかったとも考えられますね。


■値千金の先制点

ラトビアは、EURO2004でドイツと引き分けるなど、健闘が目立ったチームだった。しているサッカーは、欧州の伝統的なカウンタースタイル。コンパクトに、しっかり守ってそこから左サイドの10ルビンスの突破、9ヴェルバコフスキスが決めるというパターンでしぶとく勝ち上がる。オランダやスペインなどの一部のサッカー強国、大国以外の欧州の国は、彼らに伍して本大会出場を狙うためだろう、だいたいこのスタイルをとっている印象が強い。

ジーコ監督の下、ショートパスを丁寧につなぐポゼッションサッカーを志向する日本は、えてしてこういう相手と相性が悪いと考えられてきた。しかし、W杯本大会でも強国以外の欧州勢と当たる可能性は高い。2002年のベルギーも、超強国とは言えず、こちらの範疇に入るだろう。彼らはカウンターという武器を持つだけでなく、やはり欧州でもまれているだけに、老獪さも併せ持つ。それに慣れておく、経験しておく必要はある。これは実に適切なマッチメークだったと言えると思う。

日本は試合前から言われていたような、稲本を底にするダイヤモンド型の布陣でスタートした。ラトビアは、9ヴェルバコフスキスを1トップ気味に、後ろに10、5、8と並ぶカタチか。ラトビアは最初は完全に引いて守るのではなく、やや高めからプレッシャーをかけてきた。日本はパス回しが得意らしいが、そういう相手こそプレッシャーを厳しくして中盤で奪うのが有効だ・・・と考えたのか。これは先日のホンジュラス戦で日本がやったことと似ているかもしれない(笑)。ホームでもあるし、はじめにガツンとやってやれ・・・そんな意識もあったのだろう。

それによってラトビア側に、先日のホンジュラス戦の日本と同じ弱点が出ていた。中盤が前で奪おうと人数をかけるために、ボランチとDFラインの間がやや空くのだ。ラトビアのDFも、「ま、普通にやってれば守れるだろう」とでも言うように、ゾーンディフェンスでスペースを埋める意識を優先させていた。4分、ヒデがヘッドでボールを前に送ると、柳沢のデコイランの効果もあり、高原はフリーに。そこからGKの位置を見て振りぬくとボールはGKの頭上から落ちてゴールに突き刺さる。ラトビアのような相手に、前に出てこざるを得なくさせる、その意味でもこの1撃は値千金だった。


■前半のパス回しとダイヤモンド

プレスの裏を突かれて失点したラトビア、ここからは日本のパス回しが利いてくる。柳沢、高原が的確にボールを引き出して、ヒデと俊輔、そして松井がくるくるとポジションチェンジ、パスがその間をきれいに回っていく。日本代表の最近の典型的なプレーだが、松井はそれにすんなりと溶け込み、あるいはアクセントにもなるプレーを見せていた。この試合で松井を見直した人も多いのではないか。

稲本の、ダイヤモンド型の中盤の底、アンカーポジションに対する評価はどうだろうか?まだトップフォームではないにしろ、彼の存在によって「DFラインと中盤の間のスペース」という問題は、いくぶん改善を見せていた。パスの散らしも有効だった。彼が納まっていることで、ヒデも松井も安心してあがっていくことができた。守備面、構成面に関して、これは今後一つの有効なパターンを見つけたといえるだろう。

ただし、前半は、という注意書きが必要だ。日本のMFたちはホンジュラス戦の「プレス破られ」の思い出から(?)脱却しようと、この試合でも高い位置からプレッシャーをかけていく。それは前半はある程度は機能した。しかし後半からはラトビアも、アンドレイエフス監督が言うように、プレスの際の差し込みを深く、あたりをハードにして来たのだ。

そうなると、次第にパスがつながらなくなり、また体力的にも消耗していく。DFラインがロングボールに押し下げられ、フィールドは間延びした。運動量の低下した中盤は、こぼれだまをまったく拾えなくなっていく。後半の日本のシュートはPK、FK以外には43分の大久保のシュートだけだった。ラトビアのハードプレスは日本の選手のボール保持の長さを、ロングボールは日本のDF陣の混乱を、それぞれ見て取ったもので、実に的確な判断だったと言えるだろう。

ラトビアの戦い方は「老練」という言葉がぴったり来るもの。足技のレベルは日本が上だと感じるが、日本のDFラインのパス回しが多いこと、パススピードが遅いことを見て取るや、プレスのポイントをそこに絞ってくる。これは前半からそうだったのであって(例:19分、茂庭から田中へのパスが奪われている。31分、日本陣FKからのこぼれだまを不用意に中にいれ、2ステパノフスのシュートにつなげられている)、中田浩二のパスミスだけを「個人のミス」と断じるだけでは、問題が見えてこないだろう。


■老練、ラトビア

試合の流れに話を戻そう。失点後、10分から20分の間は、ラトビアはいったんプレスを緩める。引いてブロックを作って待ち受けることを優先したのだ。日本はこの間は悠々とパスを回していた。ヒデがいう「決定力不足が課題」というのはこの時間帯の印象が強いのだろうと思うが、実はそれほど決定機が多かったわけでもない。前半日本は9本のシュートを放ったが、浮きだまのパスにボレーや、DFラインの外からミドルシュートが多く、人数をかけるラトビアの守備をこじ開けることはできていなかった。しかし、「つなげる」と感じた日本は、この時間帯の意識を試合最後まで持ってしまったようだ。

20分あたりから、ラトビアは特に縦パスに対するあたりを厳しくし始める。ダイヤモンド型の中盤で、ヒデと松井、中村という攻撃型メンバーであることもあり、日本は中央からの攻めが多くなっていて、比較的サイドへの展開が少なかった。ラトビアはそこでまず最初の基点をつぶしにかかったわけだ(そうして外へ展開させれば、クロスに対する守備には自信があるのだろう)。さらには、中盤の松井や中村にも激しくチャージにかかる。それでも何とかパスを回せていた日本だが、こうもあたりが激しいのが続くと、肉体的にきつくなってくるのだ。それが出たのが後半だった。


■ダイヤモンドを輝かせるには

後半の日本の得点は、その中でも日本のよいところが出たと思う。駒野が奪ったボールを中村が高原に速いパス、高原はドリブルからヒデにパス、ヒデはヒールでペナルティエリア内の柳沢に、柳沢が振り向いてシュートしようとしたところにファウルを受け、PKを奪取したもの。パスを回しすぎないスピーディなダイレクトプレーに、個人のアイデアが融合した良い攻撃だったと思う。しかし、ここにもちょっと問題点(というほどでもないが)が見えている。

前半から、ヒデ、松井が前に行くと、中村と稲本が下がっているという状態が目に付いた。もちろんポジションチェンジしながらパスを回すのはよいことだ。こういう上下動がないと、攻撃が停滞してしまうだろう。しかし、しかしである。どうも見たところ、中田ヒデ選手は最近、ペナルティエリア付近での「怖さ」を失っているのではないかと思えるのだ。この得点のときのヒールパスは良いアイデアだった。遅攻からのパスサッカーで点を取るには、こういう意外性が非常に、非常に重要だ。しかし、それをヒデが表現していることは、最近少ないのではないか、と思うのだ。

そういうプレーは、やはり中村選手や松井選手の方が得手だろう。しかしこの試合では、中田選手の攻撃参加が多く、中村選手や松井選手が懸命に下がって守備をするシーン多かったように思う。その運動量が、終盤のガス欠を招いた面もあるだろう。ペナルティエリア付近での細かいアイデアが持ち味の選手と、ロジカルに、攻守の切り替えをつかさどるのが得意な選手。それぞれのそういった持ち味が、今ひとつ生きていないように感じられた。

ダイヤモンド型の中盤は、前半のように流動的に攻撃するのには向いているのだが、できればもう少し選手の前後の意識をはっきりさせた方が良いのではないかと、個人的には思う。具体的には、やはりヒデにはボランチを優先してもらって、松井や中村選手のアイデアを生かす方向に行って欲しいのだ。ボランチこそが、彼のダイレクトプレーへの志向、誰よりもロジカルなプレーの特長を生かすポジションだと個人的には思うからだ。


■流れを失った後半、さらに失った選手交代

後半、ロングボールを増やしたラトビアに対し、間延びし運動量の落ちた日本はこぼれだまを拾えなくなっていく。21分には、こぼれだまを拾われたところから、中村、稲本、茂庭が10ルビンスに交わされ、ペナルティエリア内で駒野が止めた。がそこで与えたCKから失点してしまう。高さの問題だけではなく、前半から再三セットプレーでフリーな選手を作っていた日本の守備。本大会にはしっかりと準備をして欲しいものだ。

後半20分、柳沢に代えて大久保が投入された。欧州でプレーする彼は是非今の代表でも見てみたい。誰もが思う交代だっただろう。しかし、結果的には裏目に出た。柳沢はいうまでもなく、最前線の素晴らしい動き出しで、1人でスペースを作り、使い、ボールを引き出せるFWだ。彼がいなくなったことで、ボールの出しどころが減少し、それまではある程度できていたパス回しが、さらに停滞していくことにつながった。

ラトビアペースで試合が進む後半30分、ジーコ監督は中村に代えて坪井を、松井に代えて三都主を投入する。ロングボールで混乱するDFを3バックに、こぼれを拾えない中盤を一人増やして5MFに、という意図だったとジーコ監督は説明している

ジーコ:中盤でボールを取られる場面が見られて形成が悪かったので(中盤を)1枚増やした。センターバックについても、かなり負担が大きくなっていたので、これも1枚増やそうというのが目的だった。

この意図自体は、間違っていないと思うが、実践はそれに伴わなかった。3バックにしたことでさらにDFは下がって待ってしまい、間延びは助長された。三都主はドリブルを何度か見せたが、中盤での運動量を増やすことにはならず、疲弊した稲本と中田浩二をボランチにおいても、それはこぼれだまの支配には結びつかなかった。むしろ、さらにパス回しがぎこちなくなるなど、弊害の方が目立った選手交代だった。

ただ、これはあくまでも強化試合であるから、このような終盤逃げ切りのテストをしておくことは悪くないだろう。それが、4バックから3バックへの変更、サイドに三都主を入れる、ということでは難しい、とわかっただけでも収穫だ。オールスターとのバッテイングもあり、今野や福西など、逃げ切りに向いた人材がいなかったのもある。ここに今野を中田浩二あたりに代えて入れていたら、効果は劇的だったはずだ。今後は彼らをうまく使っていけばいいのだろう。


■繰り返される「つなぎのミスからの失点」

2点目の失点シーンは、中田浩二と坪井の意思疎通ミス。前半から再三狙われていたDFラインやボランチ間でのゆるい横パスを掻っ攫われたもの。狙われているのはわかっていたのだから、本人も含めまわりも何とか考えないといけないところだ。その時間には外に出ていた中村選手は

中村:今日は親善試合だから無理にでもつなごうとしていた。本番ならセフティに蹴っておこうとしていたはず。そういう積極的なミスはしょうがない。浩二がボールを持っている時に誰も反応しなかったのが問題だ

語っている。その通りだと思う。

ジーコジャパンでは、先日のホンジュラス戦で中田ヒデ選手が、さかのぼって2003コンフェデでは宮本選手が、同じようなミスから得点を献上している。この試合でも、19分や31分など、同様のミスから決定機を敵に与えている。もちろんどちらも、まず本人のミスが責められてしかるべきだが、同時に中村選手の言う「ボールを持っている時に誰も反応しなかったのが問題だ」という点も、そのいずれにも存在していた。

ジーコ監督は基本的にはロングボールを歓迎しない。DFラインからボランチ、そしてトップ下へと丁寧にショートパスをつないでいくことを要求している。またその際に、いつ周りが動いてボールをもらうかを、特に整備しないやり方を取る。そこも自由なのだ。そうなると、コンフェデやホンジュラス戦のように、周りが動いてパスコースを作ってあげるのを休むと、パスコースがなくなり、かっさらわれてしまう可能性が出てくる。

これが本番で出なくてよかったと思う。選手全員、どれほど疲れても、足が棒のようでも、ボールを引き出すことを考え続けなければいけない。そのために動き続けなくてはいけない。そのことが再び、みたびわかったはずだ。かつてはオートマティズムという名で要求されたそれを、今は「献身」という名で求められているのだ。ジーコ監督は就任直後のカンファレンスで記者に「コンセプトは?」と聞かれ、「献身」と答えていたではないか!

いつも、最も献身的にボールを引き出しに走っているのは柳沢とヒデである。それは90分の間、一瞬も休むことなく頭を働かせているからできるのだ。それを「アラート」という。ピッチの隅々まで意識を働かせ、一瞬たりとも休むことなく警戒し続ける。それによって、苦しい時にもパスを引き出し、攻守の切り替えを素早くし、危険を察知することができる。自由なサッカーといえども、「休むのも自由」ではないのだ。選手たちよ、アラートであれ!


■「テスト」なのだから

収穫と課題の程よく散見された、なかなかいい強化試合となったと思います。今ごろはキエフのホテルで、選手同士話し合いが盛んでしょう。それがウクライナ戦までにどう消化されるのか、楽しみにしたいと思います。

それではまた。

12:11 AM [ジーコジャパン] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (9) |

October 04, 2005

眼をもっと広く見開こう!

複数の新聞に、「川淵キャプテンが北京五輪代表監督に柱谷哲二氏を有力候補に考えている」という記事が出ました。すでにネットでも相当話題になっていますが、実際のところはどのようになっているのでしょうか。

関連ソースを読み合わせてわかるのは、

1)まずは川淵氏の「北京五輪は日本人にやらせる。」というこだわりが先にあること。

2)柱谷氏が浮上したのは「代表で功績のあった柱谷のような人物に機会を与えたい」という理由からであること。

3)現状は「引退後のコーチ実績などの調査を命じた」というレベル。
  →逆に言えば、コーチとしての高い実績などが先にあって、それによって柱谷氏が候補になったわけでは「ない」ということ。

4)その後理由として、「阪神の岡田監督も2軍監督を経て優勝した」ということが語られた。柱谷氏が現在レッズのサテライトコーチであることが念頭にあるのだろう。
(サテライトリーグなどでの実績はどうなのだろう?)

5)ただこれも、まずは「日本人」→「元代表選手」という順で発想され、「サテライトコーチである」ことは後づけの理由に過ぎないということが、「実績は現在調査中」ということからもわかると思う。
(それが大きな理由なのであれば、他のサテライトコーチたちも同様に候補になるのでは?)

というあたりですね。


■不透明な選考経緯

本来であるならば、世代別であれ国家代表監督というものは、まずその目指すべきサッカースタイル像があり、それを反映して人選がなされるべきものだと思います。ブラジル的なポゼッションサッカーなのか、よりソリッドなプレッシングスタイルを狙うのか。それによって、それぞれを得意とする監督は違うでしょう。

また例えば直近の大会でのミッションとその達成度合い、失敗であるならばその問題点などに対しての洗い出しがあり、それについての修正に向いている指導者を迎えることも考えられてもよいでしょう。戦術指導に問題があったのか、個の力を伸ばす、発揮させるところに問題があったのか、メンタル面なのか。それによって、どういうタイプの指導者が現在望ましいのかが変わって来るはずです。

そして、それらを見極めるためにこそ、代表監督候補には、監督としての豊富な経験があるべきなのです。以前指導していたクラブでの戦術、スタイル、実績、指導法、それらはすでにサンプルとして存在しているものですからね。それらを集め、分析して何人かの候補をあげ絞り込んでいく。それがごく常識的な人事のあり方でしょう。

しかし、この人選にそれはあるでしょうか。そもそも、柱谷氏は札幌でどういうサッカースタイルを取っていて、それは日本五輪代表がとるべきスタイルとどのように相関しているのでしょうか?あるいは、現在浦和サテライトでどのような指導スタイルをとり、それはどのように育成結果に結びついているのでしょうか?それを理解したうえで、このようなリストアップになっているのでしょうか?

「実績は現在調査中」ということは、以上のような選考経緯が「ない」ことを示しているように、私には思えます。まずは「名前」有りき。元代表選手だから、という理由で監督経験がない人物を候補に担ぎ出す、というのはいわば「ブランド主義」でしょう。札幌サポーターの方には大変申し訳ないことを言いますが、札幌の失敗はまさにそれによるものだったのではないでしょうか?

先にあげたような論理的な選考過程を取らず、一人の人物が「元有名選手だから」などの情実的な理由で五輪代表監督を決定するのは、これだけ大きくなった日本サッカー界、それを支えるサポーターのことを考えると、許されることではないと思います。


■新聞辞令?

また、今回の記事はいわゆる「リーク」によるマスコミ辞令により、世論を誘導して「候補」を既成事実化しようとする狙いがあるものではないか、という疑いがあります。よく国会議員さんや、野球のチームのオーナーなどが使う「手」なのですが、川淵氏もそういう手段に通じているのではないかと、過去の経緯などから「私には」思えるからです(イヤな想像ですので断定はしません。間違っていることを望みます)。

WEB埼玉の記事によれば、浦和の森GMは

「新聞を見て初めて知った。まだ本人もクラブも何も聞いてない。ああいう報道はどうなのか」と不快感を示した。

ということだそうで、やはりできればきちんと論理的な選考基準が示され、複数の候補などがリストアップされ、その後、公表されたりすることが望ましいと思います。突然たった一人の名前が、クラブへの打診よりも前に新聞をにぎわせたりするのは、先のような疑いや、森GMの感じるような疑問を引き起こす可能性の高いやり方だと思います。


■日本の行く道を決める人事

アテネ五輪、オランダワールドユースで日本代表は成功したとは言えないと思いますが、それに対する総括、何がいけなかったのか、について、何もまとめれらていないことが、「次はどうするのか」について迷走する大きな理由でしょうね。さらには、それらの(サポーター的には満足のいかない)結果について、日本サッカー協会には「危機意識」が薄いのではないか、と感じられます。問題があったと認識できていれば、このような人事になるわけはないでしょう。

日本サッカーはここ10年で大きく発展しましたが、まだまだ謙虚に世界から学ぶ時期ではないでしょうか。そのためには、世界に向けてもっと眼を広く見開いて行く必要があると思います。もちろん「外国人監督でなくてはならぬ」と決めることはないけれども、外国人指導者も日本の五輪代表監督の有力な候補として広く選考の対象にするべきでしょう。頭から「日本人にやらせる」と決めつける理由はどこにあるのでしょうか。

日本サッカーは2002年にベスト16入りを果たした。2005コンフェデではブラジルといい試合をした。しかしそれで思い上がって、「もう学ぶことはない」と世界から目や耳を閉ざしてしまったら・・・。メキシコ五輪後とは状況が違うと思いますが、当時の凋落を招いた原因に「現状に胡坐をかき、その後の向上への努力、真摯に外から学ぶ姿勢などを失った」ことがあるとするなら、今の状態はかなりそれに近いと言えるかもしれません。

また、日本人監督であっても、少なくともJリーグなどにおいて、実績のある指導者はいくらでもいるはずです。彼らならまだ話は違います。しかし、なぜ柱谷氏なのか。サテライトのコーチであるといっても、そういう方はあまたいるでしょう。彼が選ばれた理由が「元有名代表選手であるから」ということだけであるなら、それは「いつか来た道」「いつか誰かが通った道」としか言えないのではないでしょうか。


■「1回の失敗」からの復活

もちろん、「柱谷は札幌で失敗したが、1回だけじゃ失敗に入らない」というのは真実です。「サッカーの監督は3回解任されて1人前」だそうですから(笑)、1回くらいの失敗がなんだ、と思うくらいでいい。しかし、そこからまたチャンスをつかみ、這い上がるのは自分の力でやるべきです。サテライトのコーチでもいい、大学の監督でもいい。そこで実績をあげてからJFL、J2といったチームに望まれるようになり、そこからさらにJ1へ、国家代表へ、と、自分の力で上っていく。いわば「指導者にとっての目標のコース」ができる。そうなってこそ、真の意味で日本のサッカー指導者の育成ができるのだと思います。

それを、いきなり協会トップ、キャプテンの指名、肝いりで、ヘリコプターで山頂に降り立つようなことをして、どうするのでしょうか。年代別代表は、選手の育成の場ではあっても、監督を育成する場ではありません。あってはなりません。大事な年代別代表の監督を、情実で、ブランドで、親分子分意識で決めてしまう。そのようなことは、日本が世界のトップ10へ向かう道を、自ら閉ざしていることに他になりません。もう止めましょう、そんなことは。

さて、最後に一つ言っておきたいのですが、私は柱谷哲二氏については何も含むところはありませんし、今後さらに経験をつんでJ2やJ1の監督に就任される時が来たら、かつて彼が選手として率いた日本代表を熱く応援したものとして、それなりに歓迎、応援したいと思っています。今回の突然の話は、地道にサテライトで指導をする彼にとってもむしろ迷惑な話だったのではないでしょうか。ここに今回の人事についての問題点を指摘はしましたが、それとは関係なく彼の今後の活躍、発展を祈っていることをここに書いておきたいと思います。

それではまた。

12:40 AM [サッカー日本代表] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (4) |