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August 23, 2005

300日へのスタートライン

V6010114イラン戦勝ちましたね!(←遅い)

これでグループ1位で堂々のドイツワールドカップ出場です。両グループ通じても勝ち点15で首位、アジアカップに続けてアジアでのトップを維持できたのは、本当に良かったと思います。長い予選でしたが、選手、監督、関係者の皆さん、本当にお疲れさまでした。

試合は横浜へ見に行ったのですが(写真は横浜国際にあったなにやらモニュメント)、試合後なかなかビデオを見る時間が取れなくて、イラン戦からちょっと間が開いてしまいました。もうあまり試合の感想など書いても遅きに失しているのでしょうが、東アジア選手権からの流れも含めて、少し書いておきたいと思います。


■ドイツ戦からの宿題

この試合を横浜国際競技場で観戦していて、私の脳裏に去来したのは昨年のドイツ戦の事だった。同じスタジアムで開催された昨年末のその試合、選手たちは格上のドイツを迎え、意外にも前線からチェックに行くサッカーを展開しようとしていた。しかし、アジアに比べると格段に技術が高く、組織的にパスをつないでくる相手にプレスをかいくぐられ、0-3と敗戦した。その時の選手はこう語っている

藤田俊哉
今日のような相手に対しては、高い位置からボールを奪うのが理想的だと思った。

小笠原満男
相手はボール回しが早いし、玉際も強い。前でボールを自分たちが取れたときは、そこからうまくいった場面もあった。(中略)もっとラインに押し上げてほしかった。

イラン戦では、試合が始まると同時に前線からガンガンチェックに行く、プレッシングを厳しくしていく選手たちを見て、「2005年はこの宿題を、1年かけて消化しようとやってきたようなものだな」と思えたのだ。アジアカップやアジア予選ではリスクを負わず、最終ラインも引き気味に位置し、セットプレーなどで勝ちあがってきた。しかし、選手たちはそれに満足してはいず、さらに上を目指したいと模索していた。その宿題の「国内組の」答えがこの試合でようやく出た、と私には思えた。

実は、今年最初のカザフスタン戦からその傾向はあった。そして欧州組が融合し話し合いの時間が取れると、予選でもそれがある程度カタチになり、コンフェデ杯ではポゼッションも高くよいサッカーを展開できた。ところが、キリンカップや東アジア選手権ではまた元に戻ってしまう・・・。それはこれまでのジーコジャパンの不安定さの、一つの症例のようなものだったと言えるだろう。

しかし、このイラン戦では、2トップと小笠原を尖兵として激しいプレスを仕掛けたのみならず、生で見ていてなかなか印象的なほど宮本もラインをコントロール、コンパクトフィールドを狙っていた。そしてそこで奪ったボールをシンプルに、素早く前方へ入れるダイレクトプレーによって、チャンスを多く作り出す。引き気味で守って、横パス、足元パスが多くなる「悪いときのジーコジャパン」のサッカーとは一線を画した、よい内容のサッカーがこの試合の、特に前半ではできていたと思う。宮本は言う。

宮本恒靖
最初からプレッシャーをかけようと飛ばしていったので、最後はへばってしまった。高い位置で(ボールを)奪うプレーはよくできたと思う。あと、シンプルなつなぎを意識した。(中略)今日のような出足の良さは次につなげていきたい。(中略)守備はコンパクトを続けられるようにしたい。


■300日のスタートライン

この試合の(特に)前半の内容のよさは、言うまでもなく例の「総とっかえ」の余波を受けて、これまでの国内組レギュラー陣が奮起した結果生まれたという部分がある。前線からのプレスは体力を使うもの、よほど気力が充実していないと暑い中で続けることは難しい。序盤から全選手が前へ前への意識を持って試合を運んでいったのは、この試合での選手の危機感、モチベーションの高さをうかがわせる。

以前からよく指摘されていた、「選手間の競争がモチベーションを高く保つために有効である」という一つのテーゼが、逆にここで証明された形になった。とことんまで選手目線であり、「テストのために選手起用をするというのは選手に失礼に当たる」とまで考えるジーコ監督が、このような競争原理を導入するとは、これまではなかなか考えられなかったものだ。北朝鮮戦の敗戦を受けた思い切った策がこのような効果を生み出したのは、これから300日間のチーム・マネージメントの入り口としては、良いことだったと思う。

私は個人的には、前身のダイナスティカップをオフト監督時代に獲ってから譲ったことのない、東アジア王者の座(オフト、加茂、岡田と3連覇)を、今回できれば奪回して欲しかった。そういう意味では、ジーコ監督の「東アジア選手権に優勝するための」チーム・マネジメントには問題なしとは思えない。しかし、逆に「東アジア選手権を、ドイツW杯への準備のために使う」という考えもあるだろう。準備のためにある意味捨ててしまう、ということだ。そのような意図があると考えると、この4試合はなかなか収穫の多いものとなったとも言えると思う。

したがってこの収穫―ここで間口を広げ、国内組レギュラーも安泰ではないのだ、と意識付けることができたこと―を生かすも殺すも、これからの300日間の準備しだいということになる。間口は広がったが、前回も見たように中心選手との連携はまだできていない。競争原理は導入されたが、それは上手く維持できるのか。そういったところをこれからしっかりとマネージメントして行って欲しいと切に願う。


■引いてこない相手とプレッシング、ダイレクトプレー

イランは韓国などと並んで、日本と対戦しても引いて守らない、アジアでは珍しい国だ。実際、スタジアムで見るとイランのDFは、奇妙なほど位置取りが高かった。特に前半はゾーンで待ち受けて、人よりもゾーンオリエンテッドな傾向があったくらいである。そういうDF戦術をとる場合、情報収集力、戦術理解、個人での判断力などにおいて高度なものが要求されるのだが、欧州クラブに所属するレザエイを欠くイランDFには、そういう選手は見当たらなかった。

ラインを高くしながら統制は取れていない、そういう相手には、プレッシングからのダイレクトプレーというサッカーが実に効く。スペースがあると生きるタイプの玉田も、持ち味を十分に発揮し、大黒とともに敵陣裏のスペースを蹂躙した。小笠原はもともと、隙があればいつでも裏を狙うというダイレクトプレーへの志向が強い。前に出ようと考えていたという(福西と話したとのこと)遠藤も、同じクラブの大黒との相性がよく、何本もパスを通していた。彼ら二人に主導され、前半の日本は多くのチャンスを築いた。

先取点は前半28分、小笠原から長いパスが左のスペースへ流れた玉田へ、玉田が1vs1に果敢に勝負してグラウンダーのクロスを中に入れると、ニアで大黒とGKが交錯してがつぶれ、そこを通り過ぎたボールに長い距離を走って詰めた加地が軽く流し込む、というもの。やはりこういうシンプルなダイレクトプレー(素早くゴールを目指すプレー)でできるチャンスは、選手をセミフリーにしやすく、決定力も上がりやすいものだ。前半の日本の動き、意気込み、イランDFの出来から考えれば、ロジカルなゴールではあったが、もっと取れてもおかしくない相手でもあったと思う。


■セントラルミッドフィールダーの資質:小笠原

プレスに関しては、すばやく、激しくチェックに行きガツガツと体を当てる小笠原が、主導した部分が大きいと言える。もちろん、それはトップ下の立場だからできることで、抜かれたら後が厳しくなるボランチの立場ではそれは難しい(と、普通の日本選手が思っても不思議ではない)。しかし、後ろのケアがしっかりできていることを確認できれば、プレミアなどのCMF(セントラルミッドフィールダー)は、非常にアグレッシブにガツガツと当たりに行っている。この辺は、ヒデが欧州でトップ下よりもCMFとして評価されるところであると思うし、小笠原にレッチェがCMFとしてオファーを出したのも、そういう能力を買われてのことだろう。

いわゆる日本の「10番」タイプは、世界的に見ても珍しい存在となりつつある。世界では、トップ下ならほとんどFWのような、チャンスを作りつつ点を取るタイプが必要とされ、日本の「10番」のような長短のパスでチャンスを生み出すタイプは、トップ下というよりもCMF、中盤の中央で君臨するようになってきている。後者は、下がり目の中盤でそれこそボランチ(ポルトガル語で「舵取り」の意味)として、「ゲームを作る」という役割をになうのだ。

激しくプレスに行き、そこから直接ゴールにつながるプレーや、ワイドな展開を狙っている小笠原は、「チーム全体のサッカーの内容をよくすることを第一に考える」という、「ヒデタイプ」のCMF的な存在だと思う。だから彼を従来の日本の「トップ下」的なイメージで見ると、評価が下がってしまうのだろう。ただ、ヒデに比べると「俺が!」という意識が薄いのか、「回りを生かす」ことを最重視してしまっているようだ。しかし、もし海外にいくなら、「俺が!」的な部分をもっと出さないと苦しいと思う。外国人は「助っ人」であり、「陰でいいタクトを振っていた」という程度のことでは、まったく満足してもらえないからだ。


■盛り返すイラン

前半の途中から、日本のプレスを避けてロングボールしか入れられなくなったイランだが、後半になると、中盤でパスをつなげるようになり始める。暑さの中で前半飛ばしすぎた日本にツケがやってきた。運動量もそうだが、プレスの時のカラダと頭のキレが、少しずつ悪くなり始める。言われるほど「動けなくなる」というよりは、動いてはいるのだが、一歩遅い、動いた後の反射がちょっと鈍い、という状態になって来る。

そうなると、若手主体とは言え技術はそもそもしっかりしたイランチーム。中盤でパスがつなげるようになり、さらにハーフタイムの指示か、早めにクロスを入れるようになって来た。そうなると、真ん中にダエイという、衰えたりといえども巨塔のそびえるイランの攻撃が、徐々に脅威となり始める。後半開始しばらくの間、アーリークロスを主体とした攻めに日本は苦しめられ、何本かシュートを浴びてしまう。

しかし、そうやってイランが前がかりになってきたところでこそ、日本も返す刀でチャンスを作る。奪ってすぐの遠藤からのすばやいサイドチェンジを受けた三都主は、フェイントを織り交ぜたあと遠目から強シュート!これをGKがはじいてCKを奪取。それをニアで大黒が合わせ、GKがファンブルしたボールがラインを割って得点が認められる、2点目!

日本ホームで2点リード。これでほぼ試合は決したかに思えたのだが、逆にそれがまた選手に一瞬の集中切れを生んだか。この直後、さらに体が重そうになった日本選手の前をパスを回していったイラン、左サイドからのアーリークロス(また!)がダエイにわたり、後ろからマークしていた中澤が手をかけて、PKを与えてしまう。それをダエイ自らが決め、1点差に詰め寄られる。

序盤から飛ばしたという問題はあるが、それにしても、やや流れを明け渡しすぎの嫌いはあった。試合全体でのポゼッション率は、日本51%・イラン49%。日本ホームだということを考えると、これは思ったよりも低い数字だといわなければならないだろう(アウェーでは日本58%)。この時間帯のもどかしさが、一部での試合全体の内容の低評価につながっているのかもしれない。ただ試合は90分トータルしてみるもの。私は前半のできは相当よかったと思っているし、後半の動きの落ち具合も、導入された競争原理の「働きすぎ」によるものだから、今後の修正は可能だろう。


■持ち越された宿題

この試合では、これまでにないほど前線が積極的にイランボールにプレスをかけていった。それは個人的には歓迎なのだが、同時に後半のガス欠を招いた面もある。そうなると、以前から解決されていない問題点も顔を出してしまった。中盤の守備が連動できておらず、また最終ラインの押上げもできないと、時としてDFラインの前、いわゆるバイタルエリアがぽっかりと空いてしまう、という宿痾である。

失点シーンは、ぽっかりと空いたわけではなく、人数はそろっていたのだが、選手がチェックに行くのが遅くなるという、「ホーム北朝鮮戦パターン」。そこをパスを回され、最後はクロスをあげられ、ペナルティエリア真ん中でダエイにボールをコントロールされてしまい、ファウルを取られたもの。PKの判定はやや厳しかったとも言えるが、それ以前にも中盤でパスを回され、浅い位置からクロスをあげられて、真ん中でダエイと1vs1を強いられるというシーンが何度も出ていた。それを試合中に是正できなかったのが悔やまれる。

また例えば前半41分の、あのダエイのポスト直撃!シュートも、サイドへ福西が引っ張られ、真ん中にぽっかりとスペースができ、そこで遠藤が孤立、その横を走りこんできたアラビがシュートし、そのこぼれダマにダエイが反応して足を振りぬいたもの。同様の状態は、スタジアムで見ると後半になって次第に多くなっている。

後半の失点後は、それまで果敢にラインから飛び出していた中澤が自重してしまい、さらに中盤にスペースができてしまった。それを見て取ったジーコ監督は、「ボール狩り職人」今野を投入する。投入直後、今野は右サイドへスピーディなプレスを見せるが、しかしやはり内側が連動しておらず、ふたたびバイタルエリアがぽっかりと空いてしまう。そこを突かれモバリにミドルシュートを浴びている。

(余談だが、「新戦力の層が厚くなった」ことを現段階で絶賛するのは、今はまだスポーツ新聞に任せておきたい(笑)。今野も、阿部も、このメンバーの中に入る経験は浅く、イラン戦で投入されたはいいがあまり連携は練れていなかった。2003コンフェデでも「レギュラーメンバーと組んだことがない」松井がジョーカー起用されたが、機能しなかったことを思い起こそう。新戦力と既存メンバーの融合、連携のすり合わせ、具体的には話し合いや試合経験は、これから詰めていかなくてはならないことなのである)。

下がっていくDFライン(注)と、話し合いによる部分が多く、連動しきれない中盤の守備。それらがあいまって、「DFライン前のぽっかり」という問題がかわらずに持ち越されている。コンフェデ杯ブラジル戦では、4バックが下がり過ぎずに我慢し、その前を3ボランチが埋める、という対応を試合中に発見した選手たちだが、これからはそのような策をしっかりと準備し、事前にトレーニングしておきたい。それもこの300日間に残された重要な宿題ということになるのであろう。

(注:この試合全体では、従来にないほど最終ラインが押し上げていたと思う。ただ、時折いつもの癖が、特に後半にはのぞいてしまっていた、ということだろう)

■いつもこころに

ジーコジャパンは、国内組だけでもドイツ戦で出された宿題に答えを出し、コンパクトなフィールドとアグレッシブなプレス、そこからの速いシンプルな攻めを、イラン相手にはくりだすことができるようになった。コンフェデ杯では海外組が融合して、強豪相手にも可能性を感じられるサッカーを見せてくれるようになった。これからの300日間では、この流れを継続して、コンフェデ杯の内容をしっかりと、何度も再現できるようにしていくことが重要だろう。

それに加えて、いつもチームを冷静に引っ張っているキャプテンの宮本は、今後の課題を

(ワールドカップ本番に向けて)今日のような出足の良さは次につなげていきたい。
あとはフィニッシュの精度。今日はミドルシュートを意識して打った。相手に脅威を与えると思う。
守備はコンパクトを続けられるようにしたい。
あとはもっとプレーの精度を上げていくしかない。

と指摘している。これからの代表の強化試合ではこういった課題(と、バイタルエリアの守備)にどんどんと選手自ら自主的に取り組み、答えを出していってほしい。これまでの3年間を振り返っても、向こう300日間はけして長くはないはずだ。またジーコ監督はさらに、この期間の課題を

ポイントは個人のフィジカル的な資質を上げていくか、ということに尽きると思う。

としている。これは、代表で集まってできることのほかに、クラブで、Jリーグで意識して個々が取り組んでいかなくてはならないことだ。それを今、話しておいたことは正しいと思う。3年間の集大成としてアジア予選が終わり、どうしてもふっと気が緩みかねないこの時期。東アジア選手権、北朝鮮戦で負けたことはちょうどよかった、と思おう。そこから競争意識を高められ、個々が本当にしっかりとやっていかないと、メンバーに残れないことがあらためて浮き彫りになった。いつもこころに昨年末のドイツ戦を。それを持って毎日のJリーグで自分たちを高めていこう。2006年は、もうすぐそこだ。

それではまた。

03:55 PM [ジーコジャパン] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0) |

August 15, 2005

「応援」と「煽り」は違うのだ!

日刊スポーツの永井孝昌記者がサイトのBLOGコーナーで、「内輪感」の心地悪さと題されたエントリーを書かれている。内容は、先日の東アジア選手権におけるテレビ朝日の実況や解説陣について、「あまりに内輪感が強すぎるのではないか」と批判するものだ。いわく

何の騒ぎですか。

 先の東アジア選手権、男女の試合とも久々にテレビで観戦したが、正直に言って試合に集中するどころではなかった。「代表の試合はテレビで見るもんじゃない」。そう思っていた理由が、何となく分かった気がする。

確かに、東アジア選手権の中継は騒がしかった。松木氏や大竹氏による熱心な応援&解説、進藤潤耶アナ、角沢照治アナによる絶叫系の、懸命に煽ろうとする低レベルの実況。試合自体の鬱憤がたまる展開ともあいまって、夏の夜の不快指数をさらに上げていたことは、我が家的にも間違いないことである。そういう意味では私は永井記者に同意するところも多い・・・かというと、NOである!

私は声を大にして言いたい、「煽りと応援は違うのだ!」と。

そして「解説者の『応援』はオッケーなのだ!」と。

以前にもこの件を、ダバディ氏が書いていたことがあって、私は掲示板上で反論したことがあるのだが、私は「日本代表の真剣勝負は日本中が応援するという前提でかまわない!」と思っている(どうもこういう話題になると、こちらまで絶叫系じゃないが、「!」マークをつけてしまう・笑)。

たとえば、名古屋に行けばけっこう名古屋グランパスの試合のTV中継がある。私が「いいねえ」と思うのは、名古屋向けの放送だから、実況も解説も明らかに名古屋を応援しているところだ。偏向している(笑)。でも、いいではないか。名古屋の人は名古屋人だから名古屋を応援する。名古屋のTVはそういう人たち向けだから、名古屋を応援する。何が悪い?

実地のスタジアムでもそうだ。アウェーチームの選手紹介はぼそぼそとやっておいて、ホームチームの選手の時だけ、DJが盛り上げる。いいねえ。

で、それと同じことを、日本代表の試合で日本の放送局がやってなぜいけないのだ?五輪やW杯予選では、いちいち冷静に、ネガティブめなことを言うBSよりも、多少うるさくても松木さんの解説の方にチャンネルを合わせてしまった。こちらが応援モードに入ってるのに、水をかけないで欲しいのだ。「今のシュートはうち方が全然ダメですね」なんて言う解説より、「よくシュートで終わった、これでいい!」っていう応援の方がいい。

まあ、親善試合で、のべつ幕なしそれでは困る。課題を探り、それを改善して欲しいと指摘するのは正しい。しかし、真剣勝負では「応援」でいいじゃないか。グランパスの場合と同じじゃないか。

昔、たぶん97年ワールドカップ予選、たぶんNHKの山本アナが、努めて冷静に実況していたけど、日本ボールのスローインの時、敵がなかなかボールをこっちに渡さない(自分ボールと勘違いした『振り』をして?)のに対し、「ニッポンボールです…ニッポンボールで・す…二・ッ・ポ・ン・ボ・-・ル・で・すっ!」と切れていて、笑ってしまったことがある。いいねえ。それでいいと思う。

もう一度言うが、「日本代表の真剣勝負は、日本中が応援するという前提でかまわない」と私は思う。だから、松木さんの過度な応援の解説も、大竹さんの、はっきり言って選手の親かお姉さんのような解説も、全然いいと思う。大体大竹さんは選手に身内感を抱く、親身になる理由がたっぷりとあるじゃないか。それがああなるのは、無理もない、かまわないことだと思う。

だから、

 サッカー中継を見ていて味わう心地悪さ。その元凶はきっと「内輪感」にある。興奮するのは当たり前。応援するのがコンセンサス。ちょっと油断すると「テレビの前の皆さんも力を貸してください」と呼びかけられちゃうトンチン感。「応援しなきゃ非国民」的な、乱暴な前提のもとに放送が進んでいくから、静かに試合を見たいと思うと疎外感すら覚える。

この部分に関しては、私は「それは違う」と言いたいのだ。「テレビの前の皆さんも力を貸してください」と呼びかけられたら、私はよろこんで力を貸すぞ、何もできないけど(笑)。それが「内輪感があってイヤだ」という人には申し訳ない。申し訳ないが、日本にいて日本代表の試合を見ているんだから、ある程度は仕方ないと思って欲しい。イングランドのTVでイングランド代表の試合を見たけど、似たようなものだったよ。

ただ、である。

以上はあくまでも「解説者が応援する」ことだけに限る。

「応援」と「煽り」は違うのだ。

私は、テレビ朝日の実況アナの、あの無理やり煽ろうとするスタイルが大嫌いである。事前に用意してきた決まりきったフレーズ、選手に勝手に煽りネームをつけて、毎回それを呼ばずには実況しないスタイル、実際のピッチの上のサッカーをまったく見れずに、いくつかのフレーズの連呼しかできない実況能力の低さ・・・・。今回の東アジア選手権でもまたそれをイヤというほど堪能させてもらった。だから、以下の部分にはかなり同感なのだ。

 注目度が低い大会だと、その色はさらに顕著になる。冒頭でちゃかすように書いたのは申し訳ないが、例えば完全に内輪になりきってしまっている解説だったり「内側」の視聴者を逃がすまいと必要以上に危機感をあおる実況だったり。日本代表戦の中継が時に40%、50%も視聴率を稼ぐ優良コンテンツに育ったことは、同時に20%では満足できないという焦りを生んでいるのかもしれない。それが無意味なテンションの高さにつながっているのなら、この国のサッカー文化のもろさ、根の浅さを痛感せざるを得ない。

先にも書いたように解説の部分は違うと思うが、それ以外は的を射ていると思う。テレ朝の「煽らんかな」の実況は、その向こうの商売が透けて見える。この大会を盛り上げて、視聴率を稼がなきゃ。どうせ視聴者はサッカーのことなんかわかってないから、俺が悲壮感を出して盛り上げてやらなきゃ。サッカーのわからんやつらに盛り上げるには、選手にキャッチフレーズをつけて、連呼しなきゃ。そうだ!今回はこれだ!「現役女子高生永里ッッッッッッッ!!!!!」それはすべて、局の商売のためなのだ。

それにくらべると、「応援」は、ちょっと、いやかなり純粋なものだ。松木さんも始めはテレ朝から「なるべくポジティブに、応援っぽくお願いします」とか言われているかもしれない。しれないが、あの怖いまでの熱狂振り(笑)は、それだけではないと思える。途中からは本当に無私に、こころから日本代表を応援していると思う。大竹さんは無論、完全にそうだ。それは計算抜きの「応援」だろうと思う。そして私はそれには共感するものだ。

テレビ局のアナウンサーが、ある種、視聴者を馬鹿にして「盛り上げよう」「煽ろう」とする実況は、商売のためのものである。しかし、解説者が思わずしてしまう「応援」は、それとは違う、無縁なものだと思う。無私といったら言い過ぎかもしれないが、私たちが普通にスタジアムで、テレビの前で応援するのと、一緒だと思う。言い過ぎついでにいえば「魂」を送っている、と思う。それでいいと思う。

われわれと同じ応援をしているだけなら、ギャラをもらっているプロとしてどうなんだ、という意見もあるかもしれない。でも、松木さんも大竹さんも、解説としてのある程度のレベルは一応クリアして、その上での応援になっている、とも言える。松木さんも、TVには映っていない選手の動き出しについて言及したりしていたし、大竹さんも、「これは練習でよくやっていたんですね」などと、ただの応援者では知りえない情報を提供してくれていたりする。特に、親善試合ではかなり解説的だ。

逆に、実況は「煽らんかな」が気に障るだけではなく、明白に「レベルが低かった」。選手の名前を言い間違える(それだけでも最低だが)だけでなく、完全にフレーズを間違えていることも多々あった。用意したフレーズを組み合わせているだけだからだろう。「日本は勝って帰るわけにはいきません!」などという噴飯ものの言葉が飛び出したりするのだ。「煽る」のはおいておいて、一回「目の前で起こっていることを過不足なく描写する」という、実況の基本中の基本の練習を、一年間くらいしてきたらどうか、といいたくなるくらいである。

さて、この項の結論は最初に書いた。「応援」と「煽り」は違う。真剣勝負での「応援」はいいと思うが、局が商売のために無理やり「煽ろう」としても、もう我われはついていかないよ。アナが煽ろうとして「○○選手は身長が○○センチしかありません!」と繰り返し、大竹さんと掘池さんが半ギレで「身長は関係ないですから!」「体の使い方が上手いですから!」とさえぎった。あのシーンがすべてだ。

サッカーの試合を中継する局、アナウンサーは、さすがにそろそろ、ちょっと考え方を変えてほしい。もう煽らなくていいよ。本業に帰っていいよ。それはあなたたちにとっても、本当は一番望ましい、業界に入ったときの初心に帰れってことなんじゃないかな、と思うのだが。

それではまた。

08:13 PM [メディア] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (5) |

August 12, 2005

結果オーライ(いい意味で)

日本1-0韓国

ちょっと時間がたってしまいましたが、うれしいですねー。やはり日本と韓国は永遠のライバル。特にアウェーの赤く染まるスタジアム、あの大声援の中で勝つと、これはまた格別ですね!もしやいわゆる「ダービーマッチ」の盛り上がりとはこれのことか?これは「東アジアダービー」とでも呼ぶべきものなのでしょうか?今後も伝統的に、お互いに強いライバルとして、切磋琢磨していきたいですね。もちろん、そのたびに勝つのは日本ですけれども(笑)。


■我慢した前半

ジーコ監督は、優勝がなくなったこともあり、総とっかえ後の中国戦のメンバーをほぼそのまま韓国戦に送り出した。変更は腰を痛めた田中達也を玉田に、GKをこれまで出番のなかった土肥に代えたのみ。一試合こなし、その後もいくらか練習はできているかもしれないが、それでも急造チームであることには変わりないだろう。対して韓国は、3点差以上つけて勝たなければ優勝できない。開催国として、優勝へ向けて意気あがっているに違いない韓国が、開始から飛ばしてくるだろうことは十分予想できた。

試合ははたして、どんどん前線を狙ってくる韓国、それを受けて立つ日本、という形でスタートした。ロングボールを早めに入れてくることもあったが、中盤でのパスも意外と(日本の中盤守備が連携が取れていないこともあり)つなぎ、イ・チョンス、イ・ドングクらにボールをいれ、彼らが積極的にチャレンジしてくる攻撃は、やはり北朝鮮、中国に比べ一段も二段も迫力があるものだった。前半のシュート数は、1:10、なかなかに圧倒されていた試合展開だったと言えるだろう。

しかし、選手たちはこれを予測し、落ち着いて対処していたようだ。

茂庭照幸(FC東京)
日本は我慢をさせたら世界の5本の指に入ると思っている。どんなゲームでも耐えられる。(中略)韓国は引き分けでも駄目なので(優勝できないので)最初から前掛かりで来るのは分かっていた。我慢できた。

今野泰幸(FC東京) アウエーだし、相手は負けたら最下位なので、気合を入れてくるのは分かってた。むしろカウンターのチャンスがあると思った。

駒野友一(サンフレッチェ広島) 前の試合で中国が勝ったので、相手は3点以上取らないと優勝できないので、前掛りに来ることが分かっていた。とにかく最後まで守りきろうと思った。

選手同士でもおそらくは意識統一の話し合いなどがあったことだろう。このように試合展開を予測し、「まずは守りから」と決めてあり、下がり目で守っていると、日本と韓国の選手の力関係ならばそうそうフリーでやられはしない。そして、崩されない中で、最後の瞬間に思い切り体を張っていくことができれば、シュートを打たれてもGKの守備範囲に飛ぶものだ。今年のキリンカップで来日したペルーやUAEが見せ、日本が無得点に抑えられてしまったような守り方である。

土肥洋一(FC東京)
 最初(のシュート)は手が届くところに来たので、リズムを作れてうまく試合に入れた。DFもコースを限定してくれて、やりやすかった。(中略) (かなり押し込まれたが)決定的に崩されてはいない。だから向こうも遠めから打ってきた。

韓国選手はなかなか日本の守りが崩せないのを見て取ると、ミドルシュートやロングシュートを増やすようになった。しかし、それもコースを限定したおかげもあり、土肥がすべて阻む。日本は、攻撃に人数をかけないためにほとんど攻めに出ることはできなかったが、失点も喫さずにハーフタイムを迎えた。


■見覚えがある風景

ハーフタイムにどのような話が選手同士であったのか定かではないが、後半開始から日本は前線の選手が敵ボールを追い回すようになった。また、ジーコ監督が中盤から後ろの守備面の細かい修正の指示を出したこともあり、さらには明らかに飛ばしすぎた韓国の選手たちの失速もあり、次第に日本もペースを握れるようになってきた(後半のシュート数は5:7)。

後半15分には坪井が負傷し中澤と交代、さらに24分に小笠原、33分に大黒が投入される。最後は右サイドで駒野が奮闘しCK奪取、さらにそのこぼれがまたラインを割り再度のCK。小笠原があげたボールを巻がニアでつぶれ役になり、センターに飛び込んできた中澤が左足アウトであわせてゴール!やはり急造チームの連携不足もあり、攻めはなかなか形にならなかったが、日本のお家芸とも言えるセットプレーでのゴールで試合は決した。

この試合を見ていて私が思ったのは、「ああこれはどこかで見た風景だ」ということだった。この感覚を探ってみると、なるほど、例の2004アジアカップでの日本の戦いぶりとかぶってくるのである。かの時も、日本は基本的に下がって守り、そこからのカウンターと得意のセットプレーで勝ち抜いた上での優勝だった。「いい試合内容はできないかもしれないが、あわてずに粘り強く勝利をつかむ」というのが、その後もアジア予選で発揮されたジーコジャパンの一面の美点だが、このBチームは早くもそれを身に着けたのか。

考えてみれば、ジーコ監督は「守備に関しては基本的なことしか言わない」わけで、そうなると(「一人余れ」の指示もあり)このような守備戦術になることは、自明の理なのかもしれない。そしてある程度攻められることを覚悟でこのようなやり方で守れば、実力差がない限り、そうそうは失点しないもの。暑さの中で、ボールは支配できないかもしれないが、落ち着いて試合の流れを読み、セットプレーという武器を生かして粘り強く戦う。それがこの急造のチームでもできたことは、今後に向けてそれなりにポジティブだと思う。


■「個」を評価する試合

私は「中国戦、韓国戦を『総とっかえ』で戦う」と聞いて前回、「旧レギュラー組と新戦力の連携の向上や、ベースの上にプラスオンする、という役には立たない。選手一人一人の『個』の能力を見る試合ということにならざるを得ない」と書いたのだが、ジーコ監督はまさにその狙いを持っていたようだ。

ジーコ監督
今回起用した選手たちが今日のようにライバル国との対戦などの真剣勝負、その雰囲気の中でどれぐらい気持ちをプレーに出せるか見たかったので、彼らを送り出した。今日は連係などは練習があまりできていないので、その分は目をつぶっても、相手に負けないスピリットや球際の強さ、自分の個性をどれだけ出せるかということを中心に見た。

獅子は千尋の谷にわが子を突き落とす、とか、子供に泳ぎを教えるには足の立たないところに突き落としてほっておくのが一番、とかの逸話を思い起こすような(笑)話だが、ジーコ監督のやり方の中で生き残るには、これはそれなりに正しいことだと思う。ジーコ監督がJリーグでの「そのときに調子のよい選手」の起用を急がないのは、こういう試合で自分を発揮できる選手かどうか分からないから、ということがある。それをここでは見ていた、ということだろう。

ジーコ監督
本番の、真剣勝負の中でしか見られない部分が多かったので、そういう面で日本にとって有意義だった。特に駒野、阿部、村井、巻、田中達の5人は良かった。

これに加えて、韓国戦ではもちろん(笑)土肥、そして「ボール狩り」という個性を遺憾なく発揮した今野もよかったと私は思うのだが。

それにしても、ジーコ監督のあげた5人の名前を見てみると、なかなか興味深い。これらの選手は特に「敵に果敢に1vs1を仕掛けていった選手たち」だと言えると思う。阿部も、私の期待する縦へのビシッとしたクサビのパスは出せていなかったのだが、中国戦での田中達のゴールシーンにつながる前方への走り込みをはじめ、「積極的に上がる、攻撃に関与するボランチ」としての姿勢を見せていたことが評価されたのではないだろうか。そう考えると、何人かの選手がジーコ監督に長く使われる理由が理解できるように思う。


■個々の選手の評価

両サイドから試合の流れの中で時として積極的に仕掛けて行き、質の高いクロスを供給した駒野、村井の評価が高いのは頷ける。またもちろん、田中達也はすばらしかった。彼のドリブルは、抜くためのそれではなく、シュートするためのドリブルだ。「さあ抜いてやろう!」というドリブラーは、抜いたあと「さてどうしよう」という間がコンマ何秒かあり(笑)、そこで奪われてしまったりするのだが、田中達は抜ききらないでも一瞬のスペースが開けばシュートに行く。GKに阻まれてしまったが、中国戦のシュートなどはその真骨頂だろう。ジーコ監督にはなかなか選ばれなかったが、国内組FWのかなり上位に位置づけられてもいい。

巻も、中国や韓国が高めに設定するラインの裏への抜け出しを狙い続けたり、ロングボールに競り勝ったり、体を張って個性をアピールし続けた。村井や駒野から良質のクロスが出てくるのだから、巻がもっと彼らと話し合い、狙いどころを定めていくと、得点もこれからできるようになるのではないか。また韓国戦での決勝点のように、巻自身が決めなくても、彼に釣られたDFの隙を他の選手が突いていく、というのも有効だろう。

ただ、今回の試合は「個」を見ることにならざるをえないものだったが、急造チームで連携も何もない状態であったのも事実。ジーコ監督はそこをきちんと斟酌しているようだが、一部サポの間に「やっぱり○○選手はダメだった!」というような評価があるのはおかしいと思う。3年かけてチームを作り、連携を練ってきた選手のプレーと、この急造チームでのプレーは条件が違いすぎるのは明らかではないか。ジーコジャパンにはまだ慣れていない彼らも、十分に個性を発揮しようとがんばっていたと私は思う。


■阿部よ、「動く」より「動かせ」!

さて、阿部である。ジーコ監督には評価されたようだが、私は大いに不満である。期待が高いだけに、非常に不満だ。いうまでもなく、コンフェデ杯で中田ヒデが見せたような、FWへのパススピードの速いビシッとしたクサビのパスを、彼が出すべきだと思っているからだ。2002年のツーロン国際大会(日本は3位!)では出せていたではないか。阿倍のパスを受けて、山瀬が躍動し、中山は得点王に、松井はベストエレガントプレーヤーに輝いたではないか。それが今、出せていないのはなぜなのか。

阿部の美点の一つは、「首振り」である。素早く的確な周囲の情報収集のために、サッカー選手に必須の能力の一つだ。阿部を見ていると、常に首を振って周囲の状況を把握し続けている。特に注目して欲しいのが「自分に向かってパスが出された、パスが届く」にさえ、首をぱっぱっと振って周囲を見回していることである。これが顕著なのが中田ヒデなのだが、他の多くの選手は(代表レベルでさえ)、自分にパスが出るとボールをじっと見てしまうことが多い。

首振りを行って「トラップする前に、すでに狙うべきスペースが見えている」のが中田ヒデなのだ。だから、ワンタッチ、ツータッチでビシッとしたクサビのパスを出したり、逆サイドへ大きな展開を行ったりすることができるのである。逆に、他の多くの選手は「ボールを受けてからルックアップ、出すべきところを探す」となってしまっている。阿部はそれとは違い、「受ける前から出すところを探している」選手だ。にもかかわらす中田ヒデのようなパスが出せていないのはなぜなのか。

パスは、「出す」だけのものではない。パスを出すためには、受け手が動き始めていなくてはならない。しかし、ジーコジャパンでは、「誰がどのように動き出すか」が基本的に選手の自由なので、ある程度の時間がとれ、試合を重ねた後でないと、そこがなかなかうまく行かない。さらには、中田ヒデのように「自分の出したいタイミング」を周囲に強く主張し、回りを動かしていくことができないと、その関係をよくするのにも時間がかかる(逆に、彼が合流すると急速に内容が改善するのは、この「周囲に影響を及ぼすチカラ」によるものでもある)。

私は、ユース代表時代から阿部には大いに期待し、だから逆に大いに不満も抱いている。今でも阿部は誰より早くルックアップし、前線を見ているのだ。そのタイミングで前線が動き出していれば、そしてそこへワンタッチでパスが出れば、一発でチャンスになったり、いい攻撃の基点ができる。しかし、彼のそのタイミングは早すぎ、誰も「パスが来る!」と予測できず、動き出していない。そこで、ボランチレベルでの横パスが続くことに、今はなってしまっている。

もちろん、今回は急造チームであるということも影響しているだろう。だから逆に私は、ジーコ監督の方針を、今回はむしろ歓迎したいと思う。細かい指示はない、必要なら選手同士でガンガン話し合わなくてはならない。そういう状態で今、阿部に必要なのは「このタイミングで走ってくれ!」ということを前線の選手に主張することなのだ。「俺が早めにルックアップしてるんだから、そこで走れば点になるよ!」と説得することなのだ。それができれば、日本代表はさらにもう一人、すばらしいレジスタを手に入れることになるのだが。


■控え組もジーコジャパンになった。そして・・・

いずれにしても、こうして彼らにとっての「ジーコジャパン初陣」2試合は、なかなかジーコジャパンらしいものとなって大会を終えた。寄せ集めからなかなか機能しないという段階。話し合いを増やし、次第に機能する段階。ピッチの上で声を出し、互いに指示をガンガンする段階。攻められてもあわてないで我慢する段階。その中で隙を見て得点する段階。そして、戦術的指示などなくても、自分でどうにか個性を発揮しようと仕掛ける段階・・・。

短い期間ではあったが、ジーコ監督の言うとおり、真剣勝負の中で、彼らはジーコジャパンにフィットするように成長した。少なくとも国内組の先輩たちと比べられる、選ぶに迷うところまで、この大会の中で到達した、と私は思う。もし北朝鮮戦で負けなかったら、あったかどうかわからないこの「総とっかえ」だが(SPORTS Year!誌では「それは答えにくい質問だ」とジーコ監督は答えている)、結果としてなかなかよい成果をもたらした。彼らは名実ともに、「ジーコジャパン」になったのだ。

2大会続けて優勝を逃がした東アジア選手権。それはジーコ監督のチームマネジメントのつたなさから来るものだ、と前回にも書いた。しかし、前回大会では3-5-2の定着、久保の台頭という成果をもたらし、今大会では、さらなるメンバーの充実をもたらした。結果オーライではあるが、これを生かすも殺すも、今後の準備しだいでもある。各所で指摘されているように、現段階では新メンバーとこれまでのレギュラーメンバーの間の連携は錬られていない。それはこれから手をつければいいことでもあるが、これからの1年間はけして長くはないことも確かだろう。

ジーコ監督が、厚くなった選手層を上手くマネージして、ドイツ大会(およびその後)への航路を安定したものとすることを、ここでは祈りたい。

それではまた。

データ(日本:韓国)


ボール支配率 43 : 57

シュート数 前半 1(0) : 10(5)

       後半 5(4) : 7(3)

       全体 6(4) : 17(8)

02:30 PM [ジーコジャパン] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0) |

August 07, 2005

この船の行き先は?

日本vs中国2-2
(韓国―北朝鮮が引き分けたため、優勝の可能性は消滅)

悔しいですね。

あまり例のないだろうスターティングメンバーの総とっかえをした後の試合で、中国相手に2点先行され、追いついて引き分け。連携もできていないサブ組は、前半はモチベーション高くいい試合内容を見せたように思われるも、後半次第に失速し、終盤はこちらのイライラを募らせる横パスに終始する・・・。

この試合は、監督の手腕に関しても、選手のプレーも、なんとも評価しづらいものとなってしまいましたね。その結果か、ネット上でも「この試合をどう見るか」でずいぶんと意見が割れてきているようです。

仕方がない結果(気ままに代表ブランク/バステンさん)
国内組のナイーブさ(気ままに代表ブランク/ブランクさん)

私の信頼する二人の論客が、このように異なった意見を持たれている。どこに注目するか、何を重視するかで、この試合の捉え方が変わってくるということでしょうね。
 

■中国戦と、今後の航路

私はこの試合を、二つのパースペクティブ(視点)で見てみたいと思う。
1)東アジア選手権を勝ち取るためのマネジメントとしてどうだったか。
2)ドイツW杯まで1年をきった日本代表の強化の過程として、どうだったか。
ということである。


■メンタル、フィジカルコンディション不良の北朝鮮戦

いうまでもなく、日本は緒戦の北朝鮮戦を落としている。つまり、あと2勝しないとほぼ優勝はない状況だった。若手に切り替えてきているとはいえ、中国は侮れない相手。地力では北朝鮮以上と見るのが妥当だろう。そういう相手に、今回の23人の中で、どのようなチームであたるのが、最も勝利の確率を高めただろうか。

北朝鮮戦は、ジーコの哲学にのっとって、これまでの日本代表ファミリーの中の、ヒエラルキーの高い順にピッチに送り出された。マンU戦の疲労が抜け切れていない小笠原や本山など、個々のコンディションやモチベーションよりも、信頼の度合いの高い選手たちを優先して起用する。それによって「すべて勝ちに行く」という哲学。W杯アジア1次予選初戦オマーン戦でも、発熱よりも試合勘よりも、ヒエラルキーを重視したジーコ監督であることを考えれば、ある意味「予想通り」だった。

しかし、彼らのプレーは(かつてのオマーン戦同様)予想を下回るものだった。北朝鮮にミスから先制を許すと、そこからどうにも攻め倦む。悪いときのジーコ・サッカー。パスは回っても、前に進まない。さらに巻を入れると、ロングクロス一辺倒になってしまう。この試合振り、特に運動量低く、ミスを繰り返す選手たちを見て、ジーコ監督は彼らのモチベーションを非常に問題視したのではないか。記者会見でも、そのように語っている


■モチベーション・コントロール

サッカーの試合が選手たちのモチベーションにいかに左右されるものか、この試合を見てもまさにわかることだ。そのモチベーションをコントロールする能力が、サッカーの監督にとって非常に重要であることは、元フランスサッカー協会テクニカルディレクターにして、リバプール、リヨンの監督を歴任するジェラール・ウリエ氏もとくと語っている

プレーヤーやチームのモチベーションのメカニズムの知識を持たずにこの仕事はつとまらない。ここで問題を「モチベーションの高いプレーヤーとそうでないプレーヤー」という形で提起するのは間違いである。内在的な基本的なモチベーションは、多数の影響力によって育まれるものであり、その中の鍵のいくつかはコーチが握っている。(中略)

したがってコーチは、発奮させる術、チーム全体を興奮状態にさせる術を知っておかなくてはならない。(『フランスサッカーのプロフェッショナル・コーチング』ジェラール・ウリエ)

確かに、プレッシャーのかかる最終予選を勝ち抜き、コンフェデ杯という大一番を戦ったあと、再びアジアレベルに戻る大会と言う難しさはあるが、結局ジーコ監督はこの初戦、レギュラー組のモチベーションを向上させることが、ついにできなかった。大会の初戦は非常に重要なものであるにもかかわらず、ジーコジャパンはいつも漫然と試合に入り、途中からアジャストしていくように見える。アジャストしきれないと、そのまま押し切られてしまう。先日のコンフェデも、今回も、それでつまづいてしまったのだ。


■「総とっかえ」の狙い

ここで、ジーコ監督には選択肢は二つあった。一つは、何らかの手段で北朝鮮戦メンバーのモチベーションを鼓舞し、試合中に見られたいくつかのポイントを修正すること。例えば、玉田や大黒の調子が下降気味なのは見て取れただろうから、他のFWにしておく。ボランチレベルからなかなかパスが前に出ないのを修正するために、何らかの意識付けをしておく、などである。

しかし、ジーコ監督はそれをせず、もう一つの方策を採った。それがなかなか前代未聞ではないかと思われる「総とっかえ」という荒療治だった。この意図については、J-KET BBSの方でDylanさんがなされた考察が秀逸だと思う。要約すると、

)レギュラー組に休みを与える(特に精神的にリフレッシュを)。
)控え組にチャンスを与えつつ、レギュラー組への信頼しているというベースを崩さない。
)かつ、レギュラー組に無言のダメ出しをできる。

特に、2と3に妙味があり、例えば一人二人を入れ替えると、その選手を「切る」ように見えてしまう。ジーコ監督にそういうことをする気はない。しかし、「総とっかえ」すれば、レギュラー組全体に「いかにだめだったかってこと、自分で一番よくわかっているな?」という無言のメッセージを送れる、ということだ。これは、「中期的にどうチームを再活性化するか」という視点で見ると、なかなかよい策のように見える。


■東アジア選手権を勝ち取るためのマネジメント

しかし、では、「東アジア選手権を勝ち取るためのマネジメント」としてはどうだったのだろうか。言うまでもなく、厳しい戦術的な縛りのない、中澤に言わせれば「戦術的なベース」のないジーコジャパンの、それも急に組んだサブ組である。いきなり丸ごとピッチに放り出されれば、そこに連携も何もあったものではないだろう。そのチームが機能し、北朝鮮よりも地力では上の中国に勝てると考えられる理由は、どれだけあったのだろうか?選手たちは振り返る

茂庭照幸(FC東京)
(ぶっつけ本番はDFの選手には難しいのでは?)個々で止められることは今日の3人ならできるし、結局最後は1対1なので。失点シーンはコミュニケーション不足というか、話す時間がない(苦笑)。

駒野友一(サンフレッチェ広島) 出た試合は全部同じなので、思い切りできたと思う。ただ、初めて一緒にやる選手もいたし、自分にパスミスもあった。

本山雅志(鹿島アントラーズ) 残念な結果だけど、特徴をつかめていない選手もいたし、そういう中でも一生懸命やった。どういう動きをしたら、仲間がどうなるのかも把握できた部分はある。もし次のチャンスがあれば、頑張っていきたい。

失点は、いうまでもなく連携ミスからのもの。日本の左サイドからのクロスを、茶野と坪井の間に入った選手がダイビングヘッド。2点目はセットプレー、放り込まれたボールに日本選手は誰も競りに行かず、フリーでヘッドさせてしまう。話し合いでチームを作るジーコジャパンにおいて、その時間もなくぶっつけで臨めば、こうなることは分かりきっていたのではないだろうか。

選手主体で、選手が固定されているから、新しく誰かが入るとまた一から作り上げなければならない。(『サッカー批評』発言要旨/中澤)

また、サブ組はおそらくいわゆる「入れ込みすぎ」により前半から飛ばし、途中からガス欠に陥ったようだった。そして、途中交代で投入された選手もその流れを変えるには至らなかった。ニッカンスポーツの試合データを見ると、後半15分までには日本は4本のシュートを放っているが、21分に玉田と大黒を投入してからは、なんと得点になった田中達の「一本しか」シュートを打てていないのだ!私は03コンフェデ後03東アジア選手権後に、「流れを変えるための途中交代の選手が、レギュラー組と一回も組んだことがない」という問題点を指摘し、むしろ選手交代が流れを悪化させることさえある、それが両大会敗退の原因の一つだ、と書いた。今回はこれまでのサブが先発しているが、投入された「もとレギュラー」も、それと同じことになってしまったようだ。

「東アジア選手権を勝ち取るためのチーム・マネジメント」として中国戦の戦略は、果たして合理的なものだったのかどうか。かろうじてそこに合理を見出すなら、

「疲労の抜けないレギュラー組を出すよりも、サブ組を出した方がまだ勝ちに近い」
「サブ組を出すなら、何回かは紅白戦で組んでいるサブ組同士の連携にかける」

というあたりか。しかしこれが、これまで培ってきたレギュラー組の、連携や話し合いのベースを(特に守備において)上回る理由になるのだろうか。私は大きく疑問に思うのである。


■ドイツW杯まで1年をきった日本代表の強化の過程として

引き分けに終わった中国戦だが、北朝鮮vs韓国も引き分けたことにより、日本代表の優勝の可能性は消滅した。ここでジーコ監督は、次のvs韓国戦も、「中国戦のメンバーで行く」ことを決断したようだ

これはこの大会を「新戦力の発掘大会」と位置づけたものと言うことになるだろう。私はその位置づけに必ずしも反対ではない。ドイツまで、アジア予選やコンフェデを戦ったメンバーだけで行く必要はないし、Jリーグには期待のできる新戦力もどんどん育ってきている。彼らをこれまでできたベースの上に取り入れていくことは、日本サッカーのこれからを考えても、もちろん重要なことだろう。実際、日本以外の3カ国も、この大会をそのように戦っている。

しかし気になるのは、この「総とっかえ」というやり方だと、「これまでのチームのベースとあわせてどのように機能するか」というチェック、あるいは「これまでのチームの<幹>たる選手たちとの連携の向上」にはならないということだ。

私は、「総とっかえ」の話を聞いた時にすぐに、そのように思ったのだが、ジーコ監督が旧レギュラーメンバーに「韓国戦に備えて準備をしておけ」といったと聞いて、「とりあえず一試合、選手の個人能力を見る」というところだろうと理解していた。従って、そこでよかった選手が出れば、これまでの中心だった選手たちと組み合わせて、連携を探るための「韓国戦バージョン」が出来上がるだろうと想像していたのだ。

ところがジーコ監督は、優勝の可能性がなくなったことを受けて、ほぼ中国戦のままのメンバーを投入するらしい(GKに土肥を入れる、腰痛の田中達を外す以外は)。ということはこの試合も中国戦同様、旧レギュラー組と新戦力の連携の向上や、ベースの上にプラスオンする、という役には立たない。選手一人一人の「個」の能力を見る試合ということにならざるを得ない。

私は、例えば「宮本が主導するDFラインの連携に、茂庭を組み込んで慣れさせる」とか、「福西と阿部の役割分担を実践で熟成させる」とか、そういうことを「ドイツへ向けた新戦力の登用の準備」としては行っておくべきだ、と考える。話し合いで作る連携が主であるジーコジャパンでは、そうやって組んで試合をした時間を作ることが、バックアップの準備や新鮮な個性の投入のためにも、非常に重要なことだろう。何でもかんでも新戦力を!というわけでは、むろんない(笑)。

ただ、それをこの大会で終了しておくべきだ、とは言わない。この大会では、連携もなしにピッチに選手を送り出し若手の「個」を見極める。その後、イラン戦や欧州遠征で合格者(!)と<幹>との融合を図る、というスパンで考えられているのなら、それでもよいと思う。ただ、アジアではトップレベルのこの2カ国との試合を2試合ともそれにあてるのは、いかにも贅沢である(笑)。Jリーグでの試合をもっとよく見ていれば、ある程度はわかることのはずだ、とも思うのだが。


■この不安定な航路

総じて、私はこの「総とっかえ、若手テスト路線」を否定はしない。そうすることには、予選通過後の日本代表の強化としては、一定のロジカルさがあると思うからだ(今後の利用法次第ではあるが)。気になるのは、「勝つということを考えると、どうしても固定した形から入っていくと思う。」(ジーコ監督)というカタチから、「大会途中途中でテスト路線に切り替えた」ということである。もちろん韓国戦は、「もう優勝がなくなった」ことがわかっている試合であり、テストに切り替えるのももっともだと言えるだろう。しかし、中国戦はそうではない。

たっぷり優勝の可能性が残っている中国戦で、若手に総とっかえする。それは、「優勝を狙う」「結果も内容もある大会に」という前言、目標設定をくつがえした、ということだろうか?それとも、総とっかえが、優勝への一番の策だと思ったのだろうか?

ジーコ監督は「旧レギュラー組の精神的疲労」を理由にあげるが、それは北朝鮮戦が終わってみないとわからなかったものなのだろうか?練習や宿舎での選手たちの様子を観察して、メンタルがどのような状態にあるかを見て取るのは、監督の仕事の大きな部分である。北朝鮮戦前にはそれはできなかったのだろうか。「やらせてみたら、ダメだったので、目標設定を変えた」ということなのだろうか。それでは、公式大会の戦い方としては、いかにも不安定ではないか。

ジーコ監督は、2回の東アジア選手権で、どちらも優勝を逃している。これは、もはや言ってもせん無いことではあるが、以前から指摘している「目標達成のための合理的なチーム・マネージメントが欠けている」ことが、大きな原因だと思う。ジーコ監督の「家族観マネジメント」には、よいところもあるが、マイナスも大きい。もちろん、ジーコ監督がこのままワールドカップまで指揮を取ることは、規定路線である。それは変わらないだろう。しかし、この東アジア選手権でもふたたび表面化した問題点が、代表の航路をどうにも不安定なものにしていることが、私はいささか不安なのである。

新戦力たちにはぜひぜひ韓国戦で奮起、躍動し勝利して欲しい。そして、それを取り入れたこの1年の航路が、最後には目的地にたどりつくことを、祈ってやまない。

それではまた。

データ(日本:中国)

ボール支配率 59 : 41
シュート数 前半 6(4) : 5(5)
       後半 5(4) : 7(2)
       全体 11(8) : 12(7)

01:03 PM [ジーコジャパン] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (2) |

August 01, 2005

次に向かおう!

日本0-1北朝鮮

いやー、残念です。

実力差は歴然だと思うのですが、そういう相手でも時として足元をすくわれるのがサッカー。特に、自分たちのミスで1点を前半に献上してしまうと、敵が守りを固めてきて、こじ開けるのに苦労してしまう。まさにその足元をすくわれる典型的なパターンにはまってしまいましたね。

大黒と玉田との2トップはやはりきついでしょうか。玉田は敵陣にスペースがあれば活きるのですが、スペースがないときは下がってきてポストを試みてつぶされたり、左右に流れてしまったりしてなかなか有効なプレーにつながりませんでした。アジアカップでは日本が下がっていて、敵陣にスペースがあったので活きたのですが。

また、大黒の動き出しのよさは、「ここぞ!」という時にゴールに向かうもの。ヤナギのようにパス回し全体に参加してリズムを作るのはまだもうちょっと、というところ。やはり誰かポスト役のできる選手と組み合わせたほうがより活きるでしょう。それに加えて、小笠原が28日にマンチェスターユナイテッドとの試合をこなして疲労が抜けていなかったこともあり、中盤のパス回しも機能しきれていなく、前半はなかなかチャンスが作れませんでした。

試合を通して気になったのが、「レジスタ」の不在です。中盤の下がり目から長短のパスで試合を作る、ゲームをコントロールする存在。コンフェデ杯での中田ヒデ、以前の日本代表の稲本、小野といった選手たちが担っていた役割が、この試合では空席であるように見えました。

特に、あのUAE戦からコンフェデに至る過程で攻撃が改善された要因として大きかった、中盤の下がり目からFWへの、パススピードの速いビシッとしたクサビのパスが、まったくといっていいほど消えてしまっているのが残念でした。それが入ると、敵バイタルエリアで起点ができ、大黒もゴール近くでの技術を発揮できるわけで、もっとシュートも打てたでしょうに、と思います。

福西も遠藤も、横パスか、でなければ近くにはたいて自分が上がっていく、というプレーを繰り返していました。アジアカップではこれは機能していましたね。しかし、この試合では敵が下がっているところに入っていっても、なかなかチャンスにつながらない。パスはボランチレベルから5メートル程度のものが出て、下がった北朝鮮の前でボールが動いている。これだと、「足元、足元」の遅いサッカーになってしまうのですね。攻撃のスピードアップができない。

これは、福西、遠藤の意識の問題でもあるのですが(能力的には彼らもできるはずです)、同時にヤナギがいなくなったことで、動きながらボールを引き出し、リズムを作る存在が消えたことにもよります。であれば、今後は巻など、クサビのパスのターゲットにある程度なれる選手を起用することを考えた方がいいかもしれません。

失点はミスから。小笠原がペナルティエリア付近でのバックパスをミス。さらに敵が中に入れたボールを、中澤がつなごうとしてミス、グラウンダーで中に流され、9キム・ミョンチョルが落として15キム・ヨンジュンが強シュート!というカタチです。ぺナルティエリア付近で二つミスが重なれば、さすがに失点するでしょう。どうしたのでしょうか、中澤はこんなミスをする選手じゃないと思っていたのですが。

これ以外にも、日本は多くのミスを繰り返していました。コンディションやモチベーションの面で、大会を戦う準備ができていなかったように見えます。何度も言うようですが、大会の初戦は最も難しいもの。今回も漫然と準備し、漫然と試合に臨んでしまった日本代表。この部分は何とか改善して欲しいですね。

もちろん、あと2試合残っています。NEXT TWO WIN!すればいいだけのこと。北朝鮮があと2勝するとは考えにくいですから、勝ち点6を獲れば優勝ができるはずです。切り替えていけば十分に可能でしょう。

ただ、ファミリーのヒエラルキー上位から、順番に出した感のある今日のジーコ采配ですが、これをちょっとでいいから崩した方が、優勝の可能性は高まるように思えます。FW陣をはじめとして、人選をできればもう少し柔軟に考えられないものでしょうか。

それではまた。

データ(日本:北朝鮮)

ボール支配率 61 : 39
シュート数 前半 8(6) : 4(2)
       後半 9(5) : 6(2)
       全体 17(11) : 10(4)

12:38 AM [ジーコジャパン] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (7) |