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September 06, 2004

「悪癖」の研究

ロシアでの占拠事件、犠牲になった方、またそのご親族、関係者の方々には深く哀悼の意を表します。人間のネガティブな感情の連鎖は、本当に悲しみしか生みませんね。何とかしてそれを断ち切れないものか。つくづく考えさせられてしまいます。

また、関西では大きな地震があったとのこと。みなさまお怪我などなかったでしょうか。

*******

さて、前回の考察は「ひとことで言えば『この2年は何だったの?』ってことですよね」というメールをいただいた。素晴らしい。どうも私の書くものは長くなっていけないなあ。

それはさておき、考察をさらに続けたい。

「五輪が終わったら山本監督をジーコジャパンの守備コーチに」という意見が、アテネ五輪前にけっこうあったのをご記憶だろうか?私は、「山本監督はけして守備の指導に長けているわけではない」と考えており、それは難しいだろうと推測していた(そのほかのさまざまな要因--たとえばジーコ監督側の--もあるだろうとも考えていたが)。

山本ニッポンの特徴のひとつに、「DFラインの(つなぎの)ミスからの失点」というものがある。今回のパラグアイ戦の最初の失点がもちろんそうであるし、最終予選レバノン戦でも、釜山アジア大会決勝でもミスから失点している。もちろん、これだけでは例が少なすぎるかもしれないし、DFがミスしてしまえば失点を招くのは当然でもある。しかしこれらの失点シーン、あるいはそれ以外の山本ニッポンの被決定機を通じて、私にはそこにある傾向があるように思えるのだ。

これはまだ精密には未検証のひとつの仮説であり、その点を割り引いて読んでいただきたいのだが、

これらの(つなぎの)ミスからの失点は、「低い位置からのダイレクトプレー」という山本ニッポンのコンセプト、およびそれを実践する際の指導のつたなさ、からくるものなのではないだろうか。

ということである。

山本ニッポンの「組織」でも詳述したが、「DFラインで奪って、やや高めに位置するリベロに預け、そこから前線へのダイレクトプレーを志向する」というものが、山本監督のコンセプトのひとつの中核であると私は考える。これはラインをアグレッシブに上下することのリスクを嫌いつつ、現代サッカーの統計から来る「15秒」というものを実現しようと考えたことからくるのだろう。

このコンセプト自体は、しっかりと指導されれば機能するだろうと思う。戦術にも、コンセプトにも、それ自体には優劣はない。重要なのは機能させられるかどうかなのだ。

しかし、これを機能させるには、DFが「奪う前/瞬間、すぐ預ける先を見ている」必要があり、また預けられる側は「奪う時に(前に/同時に)フリーになるためのポジショニング、動き」ができていなくてはならない。それができる人材の登用、それを実践させる指導ができていなければならない。

すべてを狂わせたパラグアイ戦の最初の失点シーンを思い起こそう。ヘッドで折り返されたボールが那須の前で弾む。クリアーなら余裕を持ってできる状態であったと私には見えた。彼は周囲を見回し、ボールの預けどころを探していた。しかし、それが見つからないまま蹴るタイミングを失い、足場も悪いため滑らないように留意して・・・その間にヒメネスに詰められ、シュートを許してしまった。

これと同様のシーンを、山本ニッポンでは何度も見ているように思う。クリアーなら簡単にできるようなところで、一瞬の守から攻への切り替えのために、DFが難しいボールをつなごうとする。奪われ、危機に陥る。あるいは、すでにマイボールになっている時にも、DFラインやボランチの間でのパス回しに、周りの選手が動かなく、パスがノッキング、ミスになって奪われ、失点してしまう。

もちろん、何でもやみくもに「クリヤー!セーフティーファースト!」の時代から脱却し、「メダル候補のチーム」を相手にする時でもつないでいくサッカーを志向するのは、悪いことではない。しかし、それならば奪うときの「預けどころ」の選手のポジショニング、動きなどをしっかりと指導できていなければならない。それができていなかったことが、このチームの「なんでもないボールを処理ミスする」悪癖となって現れたのではないだろうか。

前回に「これで最終」といいましたが、長くなりそうので、やっぱり(笑)いったんここで切ります。

(続く)

03:00 AM [アテネ五輪代表] | 固定リンク

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コメント

はじめまして。有名ブログにコメントするのでちょっと緊張しています(汗)。

今日のモーニングの「U-31」に、河野が尊敬する監督との対話のなかで、日本人選手はプレーの先のヴィジョンがない、クリアするのに精一杯でフリーであってもボールをつなげないDFは守備の意味を理解していない、という言葉がありました。このエントリと関連あると思うんですけど、ケットさんはどう思いますか?

投稿者: yamagatta (Sep 9, 2004 12:40:14 PM)

yamagattaさん、コメントありがとうございます。
お返事が遅くなってすみません。

>有名ブログにコメントするのでちょっと緊張しています(汗)。

そんなたいそうなもんじゃないですよ(笑)。

>今日のモーニングの「U-31」に、河野が尊敬する監督との対話のなかで、日本人選手はプレーの先のヴィジョンがない、クリアするのに精一杯でフリーであってもボールをつなげないDFは守備の意味を理解していない、という言葉がありました。このエントリと関連あると思うんですけど、ケットさんはどう思いますか?

U-31の対話は示唆に富むものでしたね。あそこであの監督(オシムさんがモデル?)の語っていることは、大筋で同意です。

DFに関することで言えば、「フリーであっても」という部分が一つのポイントでしょう。自らがフリーであるか、ないか、そのときの自分と味方、周囲の状況が全体としてどうなっているか、それらをきちんと見て取る「技術」「能力」、トルシェが言っていたような「バックミラー」も含め、それがしっかりとある選手かどうかが問われるのじゃないでしょうか。

そして、日本のDFのその部分の能力はまだまだ足りない。そこを要求すること、その能力のあるDFを起用すること(残念ですが、闘莉王はその能力が高いとは言えません)、そして、それができるようにトレーニングしていくこと、それが監督にも必要なことであると思います。

山本さんは、要求はしたが、それができる選手の見極め、それができるようにするトレーニングの部分で、失敗していたのではないか、というのが私のこの考察です。

参考になりましたでしょうか。それではまた。

投稿者: ケット・シー (Sep 13, 2004 7:11:56 PM)

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