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August 29, 2004

山本ニッポンの「組織」

山本ニッポンの問題について、前回は「大きな大会の初戦」に臨むモチベーション作り、戦い方の準備の不備について指摘した。

しかし、そのようなピンポイントなタイミングの問題ではなく、そもそも山本監督の戦術指導、組織作りの指導に潜む問題についても書いておかなくてはならないだろう。いうまでもなく、それがもっとも大きな問題であろうからだ。

山本監督のコンセプトの特徴は、「基点を高い位置に置かないダイレクトプレー」であると考えられる。

それをやや細かく見ていこう。

山本監督のチームが私たちの前に形を現したのは、まず釜山アジア大会であった。U-21年代(当時)の選手たちで編成されたそのチームにおいて特徴的なのは、3バックのセンターにパス能力の高いボランチの選手である青木(鹿島アントラーズ)を配置しておいたことであろう。この狙いについて、山本監督が「サッカークリニック」誌2003年4月号で(釜山アジア大会終了後)自ら解説している。長くなるが引用してみたい。

U-22代表は3バックを基本にしている。3人の守り方は、まず両ストッパーが相手をスペースのないコーナーに追い込む。リベロは高い位置に上がってクサビ役の選手をマークし、バイタルエリア(ラストパスの基点となるエリア。ボランチとDFラインの間など)をしっかりと抑える。

これでボールが取れて、少し前に出ているリベロに渡れば、ダイレクトプレーにつながるビッグチャンスが生まれる。このとき、リベロは半身でボールを受けて振り向くことになる。

ストッパーが本職の選手は前には強いが、ターンはあまり得意ではない。しかし、ボランチの選手は日常的にターンを繰り返しており、ボールさばきも長けている。前線への長いフィードも出せる。こうした理由から、青木や阿部をリベロに抜擢した。

「DFラインで奪って、やや高めに位置するリベロに預け、前線へのダイレクトプレーを志向する」・・・これが彼の方針の一つの特徴といえるだろう。また、ボランチの一人としてかならず森崎和、阿部、青木といったパスに長けた選手を起用していた。これもそこを基点としようという意図であると考えられる。ボール奪取後の起点を、リベロ、ボランチに置こうという考え方だ。

この方針を同じく3バックを基本としていたトルシェ日本と比べると

・トルシェほどは3バックの上下動、特に押上げを厳密に大胆にはしないこと
・左右のアウトサイドにサイドバックタイプを選んでいること

が異なっていることが見て取れる。

つまり、トルシェ日本では、

ラインコントロールによってコンパクトフィールドを作り、
その中での高密度のプレスにより高い位置でボールを奪取、
攻撃の基点を左アウトサイドに置き、
ダイレクトプレーを中心に攻める

であったのが、山本ニッポンでは

あまりラインコントロールを重視せず、
DFラインで奪ったボールを上がった位置にいるリベロ(青木)か
一人のボランチに預け、そこを基点として
ダイレクトプレーを中心に攻める


ということになる。

(注:トルシェ日本は2000アジアカップで見せたような組織的なボールポゼッションからの攻撃も持っていたのだが、ここでは簡素化のためにダイレクトプレーに話を絞ろう)

しかし、アジア大会では奪って青木や一人のボランチに預けたはいいものの、そこで起点を作った後の、前線の動き出しが未整備に過ぎ、基点からうまく攻撃につなげることができていなかった。また、基点となるべきボランチの選手のポジショニング、動き出し、動きなおしも指導できておらず、ボールを受けることもなかなかできない状態が続いていた。

同時に、左右のアウトサイドをサイドバックに近いタイプの選手とし、絞込みに関する指導もうまくできなかったことで、(もちろんラインコントロールを重視しないためフィールドがコンパクトでなくなることもその一因であったが)、中盤のプレスもうまく効いてはいなかった。これは鶏と卵で、プレスがうまく行かないために、ラインがずるずると下がる、ということでもあるのだが。

釜山アジア大会、山本U-21は結局、「カバーを重視し、低い位置でのライン設定となり、その周辺に多くの選手が集まって人数をかけて何とか守る」という戦いぶりとなっていた。コンセプトである「低い位置からのダイレクトプレー」も、前線でのボールの収まりどころを構築できず、機能しない試合のほうが多かった。準々決勝以降の中国、タイ、イラン戦のすべてにおいて、シュート数で上回られているのである(この数字自体はその証左とは言い切れないが、参考にはなるであろう。具体的には各試合での機能具合をつぶさに検証しなければならない。が、今は先を急ぐ)。

年上の年代に混じってのアジア大会準優勝は評価されるべきであるけれども、このときの山本監督の選手に対する指導能力は、けして高いものを見せていなかったと私は思う。私はパラグアイ戦終了後に、

ディフェンスラインが安定しない、中盤が間延びしてしまう、攻撃時のビルドアップがスムースでないという、山本日本の悪癖が全部出た、実に残念な試合だった。

とこちらに書いたのだが、その悪癖はすでにこのアジア大会で現れていたのである。

(続く)

10:07 PM [アテネ五輪代表] | 固定リンク

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