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August 19, 2004

もう「次」はないのだ

アテネ五輪代表の最後の試合が終わった。

選手たちは素晴らしく集中し、これまでにないほど最終ラインも「クリアはクリア」とはっきりとしていた。攻撃陣も、ボールがないときの動き出し、ボールを持ってからの勝負の姿勢、どちらもこれまでで最高のものだったと思う。

彼らは、自分自身に対して「自分は何ものか」を証明することができた。最後の最後で。それはよいことだった。

すぐまたJがはじまる。サッカーは終わらない。各人がこの大会のことを、昨日の試合のことを胸に刻んで、大人になって行って欲しい。

おつかれさま。選手も、監督も、スタッフ、関係者のみなさまも。


■3試合を総括して

「アテネ経由ドイツ行き」・・・この言葉が、すべてをごまかしてしまったのじゃないかと思う。

もちろん一人一人の選手としてはそういう考えでいいだろう。アテネは終着点ではない、そこで終わるようなところでまとまってはいけない。フル代表へ、ドイツへ、あるいはその先へ、選手は目線を高く持つべきだ。それはその通りだろう。

しかし、監督という一つのチームを任された人間が、そのようなことを口にする時、そこに起こることはなんだったのか。私たちはそれをこの2週間で見せられたのではなかったか。

プロの代表監督にとって、一つのチームを任されれば、そのチームを強化し、最上の結果を出すことが最大の、そして唯一のミッションとなる。指揮官はすべてのリソースを使ってそれを目指す。それが当然であり、それがあってこそチームは成長し、機能していくのだ。

「アテネ経由ドイツ行き」・・・アテネ五輪代表の指揮官は、プロの代表監督ではなかった。自分に課されたミッションを、「チームとしての強化」ではなく、「選手の育成」としてしまった。それはプロの監督としてというよりも、まるで「協会の育成担当者」としてのふるまいかただった。そして実際「そう」だったのだと思う。

監督経験がない人物、協会内で「仲間」だから起用される人物、結果を出さなくても「仲間」だから協会から「かばわれる」人物、これまでの各年代の代表監督には、そういう人物が多くはなかったか(もちろんいくつかの例外はある)。それは、日本のサッカーがまだまだ仲間内の「日本サッカームラ」の中で、持ち回りのようにして運営されるものだから、という体質があるのではないか。

話がそれた。

そのチームを預かる監督が、「チームとしての強化」よりも、育成を重視する。五輪年代において、それは必ずしも間違いではない、というのがこれまでの日本での認識かもしれない。まだフル代表ではなく、成長途中の選手たちであるから。オーバーコーチングは避けるべきであるから。そのような議論は多くなされた。実際に私も、五輪年代においては「選手育成」と「チーム強化」は両輪である、と思う。

しかし、日本におけるそれは、現状かなりバランスを欠いたものであると私には思われてならない。U-23とは言え、もはやほとんどの選手がJリーグ各チームにおける中核選手である。対戦相手に目をやれば、セリエAをはじめ、ビッグクラブのメンバーも多い。そのような年代のチームに対しては、「育成」ばかりを重視するのではなく、もはやフル年代と同等程度に「チーム作り」の方に比重を移してよいはずだ。

日本人選手が海外に行って一番に言われることは、フィジカルでも、テクニックでもなく、「戦術理解が足りない」であるという。この「戦術理解」とは、特定のチーム戦術の理解ではなく、一般的な各ポジションの役割理解、その実践、さまざまな戦術的要求に対する対応力、などなどであると思う。よく言われる「個人戦術」よりももっと踏み込んだものだ。

なぜこれが足りなくなってしまうのか。それは、日本のサッカー界がいつまでも選手を「子ども扱い」するからではないか。いわく「まだ育成の年代だ」「選手を戦術で縛るのは早い」「自由にやらせて自主性を育むべきだ」そのような言葉が、各国リーグでも主力となるはずのU-23年代でもまかり通っている。そしてその結果「戦術理解の足りない」選手を作り上げ、送り出してしまうのではないか。

パラグアイ戦でも、イタリア戦でも、一人一人がボールを持った時の動き出しが整備されていなかった。守備でも、誰が寄せ、誰がカバーに入るのか、プレスをどのように連動して行うのか、その動きもばらばらだった。2年の時間を与えられながら、チーム組織としての完成度が非常に低い状態で五輪を迎えてしまった。選手に対するコンセプトの徹底をおろそかにし、「選手に自分で考えさせる」などとうそぶき、どのような試合をしても「いい経験になった」と言い続け、「チームとしての強化」よりも、選手の育成を目的にしてきたことが、それを生んだのだ。

例えばイタリア戦の1失点目、サイドのモレッティへのプレス、スクッリの走り込みへのケア、それらがはっきりとしない間に、崩され、点を取られている。「あんなオーバーヘッド、Jじゃ見たことない」から取られたわけではないのである。日本サッカーは組織にこだわりすぎるという意見をよく耳にする。少なくとも、このアテネ五輪代表は、初戦はチームに合流して間もない選手のために、イタリア戦ではこれまで試したことの少なかった4バックにしてしまったため、まったくといっていいほど組織だったサッカーを見せることができなかった。

この年代では、もう「プロの代表監督」が、正面から「チーム強化」をしようという姿勢でいい。そうであるべきだ。そのためにしっかりとトレーニングをし、チーム組織を作っていく。それがあってこそ、世界大会で結果を出せる、より高いレベルで経験を積めるのであるし、そのための選手に対する要求、トレーニングの過程があってこそ、「戦術理解を高める」ことができるのだ。例えばであるが、「各ポジションの役割理解」について、漫然と試合をこなすだけで向上できるわけがないではないか。

「アテネ経由ドイツ行き」・・・この言葉の功罪について、また五輪代表の戦いぶり、強化については、またいずれ検証してみたいと思う。

それではまた。

12:52 PM [アテネ五輪代表] | 固定リンク

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コメント

情緒的なところは、別として、首題のところは全く同感です。
今回の山本監督とその結果を見て思うのは、監督経験うんぬんよりも監督自体が具体的詳細に指導できる戦術理解力やスキルを持っていたかと言うことではないでしょうか。
 これは、育成段階の選手のレベルに有った程度の指導者でよいと言う考え方も含め見直す必要が有ると思います。
 予算や人材と言う問題もあるので、難しい問題ですが、日本全体のサッカーレベルが上がることが早道なんでしょうが。
 現在の日本の指導者は、アジアでも低いレベルでしかなかったサッカーをしてきた選手たちで、色々机上で勉強しても限界も有ると思います。
 やはり、少なくともドーハ組みあたり以降の指導者が早く出てくることを期待してます。
 山本監督は、自分の能力の範囲で、ベストをつくそうと努力していたように感じるので、あまり批判する気にはなれないです。もう少し、トルシエ戦術を深く理解していたと思ったのだけど、あの備忘録程度の本しかかけなかったところに限界を感じます。
 結果論で批判するなら、山本監督を監督にした人と、五輪抽選会でくじを引いた人じゃないかな。
 ところで、コメント欄にこんなに長く書いてもいいんでしったっけ。

投稿者: RYU (Aug 20, 2004 10:07:08 AM)

たとえば、

オリンピックのような
ビッグイベントの初戦、
主将をまかせた選手が
イージーミスをしてしまった。

その時どうするか?

そういう経験が
監督にはなかったのかも
しれませんね。

これは才能とは別のことです。

そういえば2002W杯の
3位決定戦で
いきなり失点からみのミスをした

ホン・ミョンボを
ハーフタイムで思いっきり
代えてました、ヒディンクは。

でも、
山本監督は
これから何回も失敗すれば
いいんじゃないでしょうか。
(岡田監督みたいになるのかな)

海外に出て、
三部とか四部の監督から
のぼっていけたら最高でしょうが。

投稿者: CMYK (Aug 20, 2004 10:29:50 PM)

RYUさんコメントありがとうございます。

>監督経験うんぬんよりも監督自体が具体的詳細に指導できる戦術理解力やスキルを持っていたかと言うことではないでしょうか。
経験も重要だとは思いますが、そもそもの能力も欠けていた、のでしょうね。

> 山本監督は、自分の能力の範囲で、ベストをつくそうと努力していたように感じるので、あまり批判する気にはなれないです。
私は、「自分の能力の見極めができていなかった」「その点に対する反省がないようである」という点で、彼を責めたい気持ちになりますね。

> ところで、コメント欄にこんなに長く書いてもいいんでしったっけ。
かまわないですよ~。私もよくわかっていないので(笑)。

CMYKさんコメントありがとうございます。

>たとえば、
>オリンピックのような
>ビッグイベントの初戦、
>主将をまかせた選手が
>イージーミスをしてしまった。
>その時どうするか?
>そういう経験が
>監督にはなかったのかも
>しれませんね。

そうですね。また、このようなビッグイベント自体の経験が少ないわけで、試合にどういうメンタル的な準備をして望むのか、ということも、経験不足、理解不足、能力不足だったでしょう。

>でも、
>山本監督は
>これから何回も失敗すれば
>いいんじゃないでしょうか。
>(岡田監督みたいになるのかな)

岡田さんは、「プロの監督」というものをよく理解していたように思います。
その点を理解できていないように見える山本さんとは、やや違うような気がしますね。
まあ山本さんも今後は変わっていくかもしれませんが。

投稿者: ケット・シー (Aug 21, 2004 2:05:49 PM)

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